一応の終戦

 映画や漫画の中の話のように骸骨と化した船長が乗っているわけでもなく、怨霊たちがひしめき合っているわけでもない巨大な黒船を目にした燈が呟く。

 彼が見る限り、その船には乗組員の影はなく、どうやって動いているのかすら判らない状態だった。


 そんな船の甲板へと吸い込まれるように引き寄せられていった醜悪な妖の姿が、塀のように並ぶ柵に遮られて見えなくなる。

 どんな手段を使ったのかは知らないが、まず間違いなくあの不可解な動きは船に乗る何者かの仕業だろうと当たりをつけた燈たちの前で、幽霊船はその姿をゆらゆらと揺らめかせ、徐々に薄く透き通らせていった。


「な……っ!? き、消えた……?」


 霧に紛れるでもなく、海に沈んでいくでもなく、自分たちの目の前でまるで煙のように消えてしまった幽霊船が存在していた位置を見ながら、呆然とした表情を浮かべる一行。

 ややあって、妖も幽霊船も取り逃がしてしまったことに気が付いた燈は、小さく舌打ちを鳴らしながら蒼へと謝罪した。


「悪い、ドジった。気を抜かなければ、あの妖だけは仕留められたはずだ」


「いや、しょうがない。僕もあの船の存在に気を取られていた。妖を逃がしてしまったことは残念だが……収穫も、十分にある」


 そう言いながら『時雨』を鞘へと納めた蒼へと、一足早くに彼が求めていたものを回収したやよいが拾ってきたそれを差し出す。

 蒼と燈によって斬り落とされた二本の妖の腕を両手に掴んでいるやよいは、うへぇといった表情を浮かべながら言った。


「妖の体の一部だよ~。これ、気持ち悪いからあんまり持ってたくないんだけど~!」


「ありがとう、やよいさん。あの正体不明の妖に繋がる手掛かりだ。色々と調べ尽くす必要がある」


「……あり得ないとは思うけど、この腕から本体が生えてきたりしないわよね?」


「おい、涼音! 気味の悪いこと言うんじゃねえよ! 割と洒落になってねえぞ!?」


 一瞬にして斬り落とされた腕を生やしてみせた妖の再生能力を思い返した燈が、血相を変えて涼音の発言に突っ込みを入れる。

 本気でそうなってもおかしくないと考えた彼は、念のために蒼が斬り落とした方の腕の傷口も焼いておくかと考えたが……他ならぬ蒼がその行動を止めると共に、やよいから受け取った妖の腕をしげしげと見つめながら口を開く。


「見たところ、僕が斬り落とした腕も、燈が斬り落とした腕も、どちらもまるで再生の兆しを見せていない。それどころか、完全に動きを停止している。つまりはあの妖の異常な再生能力の肝は、妖の胴体に存在しているということになるね」


「胴体の方から傷は再生するが、胴体から離された部位に関しては再生しない。当たり前っちゃ当たり前だが、プランクトンみたいにぶった切られた傍から分裂して増えていくみたいな敵じゃあなくてよかったぜ」


「ふむ。つまりは首を斬り落とすみたいに一発で致命傷になるような攻撃を叩き込みさえすれば、あの妖の再生能力も実質的に封じ込められるってことかにゃ~? あるいは、燈くんがやったみたいに全身燃やし尽くして灰にしちゃうとか?」


「再生出来る限界も気になる。上半身と下半身を泣き別れにされても生きていたけど、全身を細切れにされても大丈夫なのかしら? どの程度の傷までなら回復出来て、かつそれを何回まで再生出来るのか? 出来れば、そういった情報も欲しい」


「ぶ、物騒過ぎねえか? 首を落とせば死ぬ可能性が高いんだったら、そこまで調べる必要はないんじゃ……?」


「いや。正体不明の敵に関する情報は多いに越したことはない。調べる材料はこの腕だけだけど、ここから得られる情報は全て引き出しておこう」


 そう言うと、蒼は懐から風呂敷を取り出し、斬り落とされた妖の腕をその中に丁寧に包んだ。

 未だに血が滴り落ちるそれを包んだ風呂敷を手に持つと、彼は仲間たちへと号令を掛ける。


「……正体不明の幽霊船と、そこから放たれた妖の姿と能力に関する確認は出来た。あの様子なら、今夜はもう襲撃はないだろう。村長さんや栞桜さんにこのことを報告するためにも、一度村に帰ろう」


「ああ、そうだな。しっかし、マジで不気味な相手だったぜ」


「今回は相手が一体だけだったからよかったけど、複数体で襲われたら厄介だった、かも……」


「確かにそうだね。でも、同じ種類の妖が徒党を組んだとしてもさ、あんな風にびゅんびゅん腕を振り回して攻撃したら、仲間同士で腕が絡まっちゃいそうじゃない?」


「集団で戦うことに向いていないから、単独で陸地に送り込まれたのか? 駄目だ、さっぱりわからないや。ここは師匠に連絡を取って、この妖の正体について聞いてみよう」


 様々な疑問は残るが、何はともあれ幽霊船とそこから放たれる妖を撃退することには成功した。

 これで次の霧の夜までは脅威は訪れないだろうと、取り合えずはあの漁村に住まう人々の安全を守れたことに安堵しつつ、燈たちは情報の整理のために拠点としている村へと帰還するのであった。


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