幽霊船と妖


「そんなことがあったのか。凄まじいまでの回復能力を誇る妖……厄介な相手だな」


「もしかしたら、あなたとは相性がいいかもしれないわね。一発で叩き潰してしまえば、流石に相手も再生出来ないでしょ」


 漁村に帰還し、留守を守ってくれていた栞桜に海岸で起きたあれやこれやを報告した一行は、改めて先程戦った妖についての考察を深めていた。

 醜悪な外見に伸縮自在の一本腕、更には超再生能力というかなり特徴的な相手ではあるものの、そこまでの情報が入っていながらも妖の種類を特定出来ていないことに対して、疑問を抱いた燈が言う。


「蒼もやよいも知らないだなんて、あいつはいったい何なんだ? こっちにだけ生息する妖なのか?」


「多分、違う。やよいが今、村長さんから話を聞いているみたいだけど、彼も幽霊船から出てくる妖を知らない様子だった。南にだけ住まう妖だっていうのも、考えにくい」


「ふむぅ……謎は深まるばかりだな。幽霊船に関しても情報がなさ過ぎて、どうしてそんな妖をばら撒いているのかもわからん状態だ」


「ばら撒くっていうのは語弊があるわな。俺たちが戦った妖は一体だけだったし、そこら中に妖を放ってたわけじゃあ――」


 と、栞桜の言葉に指摘をしていた燈は、そこまで言ったところで口を閉ざし、何かを考えるように口元に手を当てた。

 彼の言動に訝し気な表情を浮かべた栞桜が、心配そうに尋ねる。


「どうした、燈? なにか思い付いたのか?」


「いや……なんて言うか、だと思ってさ。俺たち四人に対して、送り込まれた相手は一体のみ。確かにあの妖は厄介な相手だったけど、四人がかりで挑めば並の武士でもなんとか出来そうなもんじゃねえか。わざわざ死に体の妖を回収するくらいなんだから、幽霊船の中にいた奴は戦いを見守ってたはずだ。なのにどうして、増援を送ってやらなかったんだ?」


「……言われてみれば、確かに妙。私たちと妖を戦わせておいて、トドメを刺される寸前まで何もしないというのは、おかしいわね」


「まさか……試されたのではないか、お前たちは? 幽霊船の乗組員たちは、送り込んだ妖に対してお前たちがどう立ち回るかを観察していたとか……?」


 有り得なくもないその考えに、燈たちが小さく息を飲む。

 栞桜の言うように、幽霊船に乗っていた者は燈たちがあの厄介な妖をどう相手取るかを観察していた可能性が高い。


 高い回復能力によって戦いを長引かせれば、それだけ燈たちが繰り出す技や戦いの中で見せる癖などを多く確認出来るわけだし……と、燈が考えたところで、栞桜の考えに異を唱えるようにしてこころが口を開いた。


「それは、少し違うと思う。多分だけど、幽霊船の乗組員たちが観察してたのは、燈くんたちじゃあなくって妖の方だったんじゃないかな?」


「どうしてそう思うんだ、椿?」


 栞桜の意見をある程度は認めつつ、最大の目的は燈たちではなく妖のデータを収集することだったのではないかと言うこころ。

 そんな彼女へと視線を向けた燈がその理由を問い質してみれば、こころはすらすらと自分の考えを述べてみせた。


「幽霊船は最終的にぼろぼろになった妖を回収したんだよね? もしも燈くんたちの戦いを観察することが目的だったとしたら、そこまでする必要はないと思う。だって、燈くんたちと戦った時点で、その妖の役目は終わってるはずだもん」


「……言われてみればそうだな。あのまま放置しておけば、俺があいつにどうトドメを刺すかも見られたわけだし……」


「幽霊船には妖を失いたくない理由があったんだよ。つまり、幽霊船に乗ってた人にとって、その妖はとっても大事な存在だってこと。そう考えると、色んなことに説明がつくと思わない?」


「大事な存在……個体数、あるいは所有数が少ない貴重な妖だった、とか……? 戦闘経験を積ませつつ、私たち相手にどれだけやれるかを確認するために、あの妖を戦わせた……?」


「待て。それじゃあまるで幽霊船はあの妖を育てているみたいじゃないか。そんな馬鹿な話があるわけが……」


「いや、有り得ねえってわけでもねえ。凄く低い可能性かもしれねえが、こう考えれば筋が通るんじゃねえか?」


 こころの意見とこれまでの状況証拠からある考えを思い至った燈が口を開く。

 仲間たちからの視線を一身に浴びながら、重々しい表情を浮かべた彼は、馬鹿げた考えだとは思いながらも自分なりの答えを彼女たちへと告げた。


「あの妖は、幽霊船に乗り込んでる奴らによって作り出された存在なんじゃねえか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る