海岸の決戦


「んだよそれ!? まさか、新種の妖だってのか!?」


「わからない。僕が知らないだけで、ああいう妖が存在しているだけって可能性も十分にある。だが、今は――」


 燈へとそう言いながら、半身になって振り下ろされた長い腕での攻撃を躱す蒼。

 メジャーが巻き取られるように瞬時に縮んでいく妖の腕と、それを自在に操る本体を睨んだ彼は、軽く息を吐くと共に『時雨』を構える。


「奴の正体を探るより、倒してしまった方が早い。あの妖がなんなのかを調べるのは、その後でも構わないはずだ」


「だな。なら、ここはお前に任せるぜ。俺の炎じゃあ、あいつを焼き尽くしちまう」


 調査のためには、妖の遺体が必要だ。自分の攻撃では、亡骸を残すどころか灰にしてしまうだろう。

 そう考えた燈は、蒼たちに妖の相手を頼み、自分はその補佐に回ることにした。


 ひゅるり、ひゅるりと空を切る音を響かせながら繰り出される相手の攻撃も、そろそろパターンが掴めた頃だ。

 薙ぐか、振り下ろすか、突きか……基本的には、この三種類の攻撃しか繰り出すことの出来ない妖へと、四人がじりじりと距離を詰めていく。


「ルオォォォ、オォォ……!!」


「んっ!? こいつぅ……! さっきからあたしばっかり狙ってない? どうせなら可愛い女の子を食べたいって気持ちはわかるけどさ、流石にしつこいって!!」


 周囲を薙ぎ払うように腕を振り回した後、妖が跳躍したやよいを狙って突きを繰り出す。

 それをギリギリで防いだ彼女は悪態を吐きながら胸の谷間から苦無を取り出すと、相手の顔面目掛けてそれを投擲し、反撃を仕掛ける。


「グガァァ……ッ!?」


「いよっし! 命中~っ!! どうだ見たか、変態妖めっ!」


 見事に顔面に突き刺さった苦無の痛みに、妖が苦悶の叫びを上げる。

 だくだくと血を流し、苦し気に呻くその様から、相手が一本しか残っていない腕以外の攻撃と防御の手段を持ち合わせていないことを悟った蒼は、ここが好機とばかりに一気に距離を詰めると、のたうち回る妖の腕へと『時雨』での一閃を放った。


「はあっ!!」


「ビギィィイッ!?」


 骨も、肉も、一切の抵抗を許さずに腕を断ち切る斬撃が妖の腕に見舞われる。

 瞬き一つの間に腕が吹き飛んだことを理解出来ず、されど腕に走る痛みに今度は大声で泣き叫ぶ妖の腹へと、蒼は気力を込めた脚での強烈な蹴りを打ち込み、相手の体を吹き飛ばした。


「グギィィィ……ッ!!」


「蒼くん、流石! あたしを狙われてやきもち妬いちゃった?」


「あまりふざけないの。相手がどんな妖なのかわからない以上、最後まで油断は禁物だよ」


「わかってるって! でも、これで相手の攻撃手段は消えたわけでしょう? あとは確実にトドメを刺して――っ!?」


 ひらり、と軽やかに砂浜に着地したやよいが、妖の唯一の武器である伸縮自在の腕を斬り落とした蒼へと言う。

 一本だけの腕を無くした以上、もうあの妖に攻撃手段はない。故に、ここからは消化試合だと言わんばかりの表情を浮かべていたやよいであったが……立ち上がった妖の姿を見た彼女の表情が、一瞬にして警戒心を最大まで高めたものに変化した。


 蒼にすっぱりと斬り落とされ、大量の血を溢れさせている腕の傷口が、ぼこぼこと沸騰した湯の表面のように暴れ狂っている。

 明らかに異様なその光景に彼女だけでなく燈たちもが目を奪われる中、数秒もしない内に傷口から新たな腕を生やした妖は、雄叫びを上げてその腕を振り回し始めた。


「……ごめん、蒼くん。あなたの言う通りだった。あれは流石に油断出来ないね」


「わかってもらえてなによりだよ。……燈、頼めるかい?」


「ああ、任せとけ!」


 驚異的な再生能力を持つ妖の特性を目の当たりにした蒼が、その能力に効果的な能力を持つ燈に出番を譲る。

 彼の意図を理解した燈もまた、『紅龍』に気力を込めて刃を赤熱化させると、腕を再生させたばかりの妖へと斬りかかっていった。


「はああああぁ……っ!!」


「オオオオオッ、オオオッ!!」


 気合を込めた静かな叫びと、獣の咆哮を思わせる絶叫。

 両者がお互いに武器を振るい、交錯した一瞬の後、再び腕を吹き飛ばされた妖の悲鳴が海岸に響く。


「ギヤァァァァァッッ!?」


「ふぅ……どうやら調整は上手くいったみたいだな。お前も全身火だるまにならなくてよかったじゃねえか、なぁ?」


 ジュゥゥゥ……という音と、焦げ臭いにおいを腕の傷口から漂わせる妖へと、獰猛な笑みを浮かべた燈が声を掛ける。

 妖の腕を断ち切るのではなく、彼は、再生を試みようとする敵へと鼻を鳴らしながらこう言った。


「無駄だぜ。その腕、炭化してんだろ? 傷口の細胞が焦がされて死んでるんだ。さっきみたく、すぐに再生なんて出来ねえよ」


「オ、オォ、オォォ……ッ!?」


 燈の言う通り、単純に斬り落とされたのではなく、熱を以て焼き切られた妖の腕は、先程のように瞬間的な再生が出来ないでいた。

 今度こそ、完全に武器を失った妖へと、鋭い眼光を光らせた燈が『紅龍』の切っ先を向けながら吼える。


「さて、お前にトドメを刺すにはどうすればいいかね? 首を落とせば流石に死ぬか? それとも、そこまでやっても復活すんのか? ……実際に叩き落として試してみるしかねえわな!!」


「ヒィィィィイッ!?」


 燈からの威圧感に負け、甲高い悲鳴を上げた妖がじりじりと後退る。

 最後まで油断することなく、再び武神刀へと気力を充填させてから首を落とそうとした燈であったが……彼が攻撃の準備を整える僅かな隙を見つけ出した妖は、即座に撤退を選択すると後方へと大きく飛び退いてみせた。


「あっ! てめえ、待ちやがれっ!!」


 濃い霧に紛れるようにして海の方向へと跳躍し、逃亡を図ろうとする妖へと燈が叫ぶ。

 殺してしまうのは簡単だが、調査のために遺体を残さなければならないという想いが彼の追撃を邪魔してしまい、攻撃を繰り出すことに二の足を踏ませてしまっていた。


 そんな燈に代わって気力を込めた『薫風』での斬撃を繰り出した涼音が、立ち込める霧を風邪で吹き飛ばすようなかまいたちを妖へと見舞う。

 空中で真っ二つに叩き切られ、上半身と下半身を泣き別れにされた妖は大きな悲鳴を上げたものの、なんとそれでもまだ死してはいない様子であった。


「嘘でしょ? あんな状態になっても生きてるの!?」


「蒼っ! もう死体を回収することは諦めてもいいなっ!? あいつを逃がすよりかは万倍マシだ!」


「ああ! あの妖にトドメを刺してくれ、燈っ!!」


 体を叩き切られても、大量の血を流しても、尚も死なない妖の生命力を危険視した蒼は、敵の正体を調べることより確実なトドメを優先することへと考えを切り替える。

 炎の攻撃で驚異の再生能力を封じ込められる燈に全てを託し、彼に指示を出した蒼が見守る中、燈が一気に気力を充填させ、海を蒸発させんばかりの勢いの炎を生み出そうとしたのだが――?


「オ、オ、オォォ……ッ!」


「っっ……!? な、なんだ?」


「妖の体が、吸い寄せられてる……?」


 不意に、宙を漂い、後は落下するだけだった妖の肉体が、空中でぴたりと動きを止めた。

 次の瞬間には磁力で引き寄せられるようにして沖の方向へと妖が飛んでいく様を目の当たりにした一同が、面食らったように動きを止める。


 あの異様な動きは、隠された妖の能力なのか?

 まるで念力でも有しているかのような不可解な動きに呆然としていた燈であったが、妖の肉体が飛んでいく先を目にしたやよいが出した大声によってはっとし、彼女が指差した先を同じように見やる。


「み、見て、あれっ!!」


 血相を変えたやよいが指差したのは、涼音が巻き起こした風によって吹き飛ばされた霧が、今まで隠していた巨大な影。

 海に浮かんでいる真っ黒なそれは、おどろおどろしい気配を放ちながらただそこに悠然と存在していた。


 帆も、船体も、目に見える何もかもがぼろぼろ。

 今にも沈没してしまいそうな朽ちた船のように見えるそれは、圧倒的な威圧感を以て自分たちの前に鎮座している。


 その正体に、名前に、心当たりがある燈が、遂にまみえたこの妖気の元凶の姿を睨みながら口を開く。

 自分の想像とあまりにも合致している黒き船の姿を瞳に映した彼は、低い声でその名を口にした。


「あれが、幽霊船か……!!」

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