崩壊


 我々が英雄たちの不和に気が付いてから数週間、事態はより悪い方向へと向かっている。

 個人単位でなく、一つの集団の仲が完全にこじれてしまった今、それらを完璧に修復することなどどう足掻いても不可能であった。


 我々が仲を取り持とうとしても無駄、無意味。

 既に英雄たちの間には、私たちが自分たちより下の存在という思考が刷り込まれてしまっており、それが故に舐められてこちらの話に耳を傾けようとしないのだ。


 なにをしても、どんな方法を用いても、彼らを一つの軍団として纏め上げることは、不可能になってしまっていた。


 そんな状況だから、戦に出ても連携もなにもない。

 自分が手柄を立てるために我先にと敵軍に突撃し、好き勝手に暴れまわるだけの彼らの姿は、理性のない妖とほとんど変わらないように見える。


 駄目だ。このままでは、いつか恐ろしいことが起きるようにしか思えない。

 どうにかして、どうにかして……若者たちを英雄に相応しい人間へと成長させなければ……


――――――――――




――――――――――


 ……今日、同志の一人が異世界人たちに斬り殺された。

 ちょっとしたいざこざから武神刀を抜いての戦いになった若者たちを止めようとして、カッとなった異世界人に斬られて、死んだ。


 彼はこれまで私と共に大和国を救うためにと異世界召喚の実験成功に尽力し、召喚された若者たちの待遇や今後についても心を砕いていた、本当に良い奴だった。

 そんな人間が、この国を救うために召喚された英雄に斬られて死ぬだなんて……惨いにも程がある。


 我々は愚かだったのかもしれない。目先の情報と得られる利益のみを考えて、少年少女を異世界に呼び出したことで起きる弊害から目を背けてしまっていた。


 若者たち……いや、子供たちの精神は、周囲の状況によって著しく変化する。

 書と筆を手に、平和な世界で友人たちと学び舎で楽しく過ごしていけば、性格は温和で協調性をモットーとした人格が形成されるだろう。

 それとは逆に……武器を手に、人外の化け物たちとの生死を賭けた戦いに臨み続けることになれば、その人格は荒々しく好戦的なものへと創り上げられていく。


 そこに、自分たちより劣った者は下に見ていいという考え方が加われば、誰もが上を目指して周囲の人間を蹴落とすことしか考えられない人間になることなど、判り切ったことだったのだ。


 異世界人は確かに強い。だが、彼らはまだ子供で、未成熟な精神をしている。

 そのことを考えず、彼らを導こうともしなかった結果が、傲慢で不遜な力だけを持つ心を伴わない剣士の集団の誕生だ。


 ようやく私は第三回召喚実験における最大の失敗に気が付いた。気が付いてしまった。

 こんな人間たちが大和国にのさばっていては、間違いなく国家転覆の大きな原因になる。


 どうにかしなくてはならない。だが、彼らをどうにかすることなど出来はしない。

 若者たちはもう、我々が手綱を握れる相手ではなくなってしまっている。彼らを止めることなど、私には不可能だ。


 既に彼らの間に流れていた不和は決定的なものとなり、仲間割れが始まっている。

 取り返しのつかない事態になった今、私に出来ることは彼らの行く末を見守ることだけなのだろう。


 そう、それが私に出来る唯一の行動であり、私が果たすべき責任なのだ。

 私たちの身勝手のせいで人生を狂わされてしまった若者たちが、この大和国でどのような結末を迎えるのか?

 それを見届け、終わりを記すことで、この手記に書き続けてきた記録もまた、終わりを迎えることになるだろう。

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