第三回召喚実験・最終報告書



――零元五十年年、秋の月


 遂に異世界人の若者たちの中から死者が出た。

 戦の最中、大賞格の妖の手によって討ち取られたそうだ。


 記録役を担っていた兵士の話によれば、彼らは明らかに妖を下に見て、慢心していたようである。

 戦場に、命を懸けた争いに、慣れてしまったことが、その慢心を引き出してしまったのだろう。


 若者たちの中にも仲間が初めて戦死したことに動揺している者の姿が多く見受けられる。

 不幸な出来事は思うが、これを機に気を引き締め直すと共に、彼ら自身の関係性が修復されてくれたら、彼の死も無駄ではないのではないかと私は思う。




――零元五十年年、冬の月


 ……今日、また新たな戦死者が出た。

 しかも前回よりも多く、五名もの若者が命を落としてしまった。


 此度の戦の相手は、決して苦戦するような相手ではなかったはずだ。

 それなのにどうして前回を上回る戦死者が出てしまったのかと記録官に問い詰めたところ、信じられない答えが返ってきた。


 どうやら彼らは、戦いの中でお互いに足を引っ張り合っていたらしい。

 自分が手柄を立てるため、他者を蹴落とすために、敢えて協力や連携を拒み、味方にとって不利な状況を作り出していたというのだ。


 そのせいで味方から孤立し、妖たちに嬲り殺される若者がいた。自分が他者を嵌めた結果、支援を受けられずに自業自得の末路を迎えた者もいた。

 結局……彼らは何も学ばなかったということだ。仲間の死から、なんの教訓も得なかったということなのだろう。


 最初の一名に加えて更に五名の戦死者が出たことで、死者の数は六名となった。

 きっと、必ず、間違いなく……これから先も死者は増えるのだろう。


 若者たちはこの厳しい生存競争を生き抜いた者こそが精鋭の武士になれると信じているようだが、私はそうは思わない。

 どれだけ優れた個の力があろうとも、それは多数の敵を相手にすれば、その数の暴力の前に押し潰されてしまう程度の力に他ならない。

 真に強い者とは、味方と協力してこそ、己が背を預けられる仲間を得てこそ、輝く者だということを私は知っている。


 だからこそ……彼らは英雄たり得ないのだろうと、その未熟さに気が付いたとしても、もう何もかもが手遅れだ。

 彼らは私の話に耳を貸しなどしない。今更なにを言ったとしても、忠告を行ったとしても、無意味なのだ。


 若者たちを見殺しにすることは非常に心苦しいことだ。

 しかし、その苦しみを味わうことこそ、彼らをこの大和国に呼び寄せてしまった私が背負うべき咎であり、彼らの行く末を見守ることこそが、私の責務なのだ。


 この手記は、あともう少しだけ続くであろう。だが、この手記を書かなくなったとしても、私はずっと後悔を抱えたまま生きていくことになる。

 若い命をむざむざ散らせたことに対する後悔は、私が一生背負って生きていくべき十字架なのだ。




――零元五十一年年、春の月


 あと少しで冬の寒さも和らぎ、温かな季節が訪れるというこの時期に、とても悲しい報せが届いた。

 今度は十名もの若者たちが命を落としたというのだ。


 しかも、今回は戦の中で命を落としたのではない。

 本当にくだらないことに……仲間同士のいざこざの果てに諍いを起こし、異世界人同士で殺し合ったとのことだ。


 死者の中には、幽仙さまが目を掛けていたあの少年も含まれていた。

 どうやら、諍いの原因は不遜な彼の態度にあったとのことで、その報告を受けた幽仙さまは大いに嘆き悲しんだものだ。


 こんなことになるのならば、専用の武神刀など譲り渡すのではなかった……と、血で染まった彼の武神刀を回収しながら悲しそうに呟いた彼の姿を、私は忘れることが出来ない。

 他の死者たちの武神刀も纏めて供養すると言って全ての武神刀を回収していった幽仙さまの背中は、どこか異様な雰囲気を放っているように見えた。


 おそらく、自分の行動が原因で多くの若者たちが死したことに責任を感じているのだろう。

 その気持ちは痛いほどに理解出来る。こういう時は、そっとしておくのが一番だ。


 残りの異世界人の数は十七名。だが、彼らの顔からはもう、覇気が感じられなくなっている。

 度重なる仲間たちの死が、遂に功名心や野心を吹き飛ばすほどの恐怖と絶望を味わわせるようになったのだろう。


 我々はもう彼らにどうすることも出来ない。何をしても、今更遅いとしか言いようがない。

 ただ、ただ……見守ることしか、出来ないのだ。




――零元五十一年年、夏の月


 恐れていたことが起きた。一部の若者たちが武神刀を手に、脱走したのである。

 比類なき力を持つ異世界人たちが無秩序に暴れまわる野盗と化しては、妖よりも重篤な驚異となるのは明白。


 この一大事に対して、かねてより幽仙さまが準備していた専属の武士たちが脱走者を処断するために動き出したそうだ。

 その武士団の規模や構成員などは極秘事項であり、我々にもその全容は知らされることはなかったのだが……数日後、我々の下に脱走した若者たち全員の首が届けられたことから見るに、彼らを屠るだけの力量を有した精鋭部隊だということだけは理解出来た。


 脱走した者たちが晒し首になっている様を見て、残された者は何を思ったのだろうか?

 少なくとも、教師であった男は次々と教え子が死していく状況に耐え切れなくなったようで、それから数日後に自ら命を絶った。


 処断された者たちと合わせて、この一件で命を落とした異世界人の数は八名。

 遂に生き残りの数は十名を切った。




――零元五十一年年、冬の月


 もう無理だ。若者たちは限界だ。

 脱走を図った仲間たちが全員処刑されたあの日から、彼らの精神は急速に不安定になり、崩壊を始めた。

 ある者は教師と同じように現実の重圧に耐え切れず自ら命を絶ち、またある者は同じく重圧に負けて発狂し、まともな生活すら送れなくなっている。

 残った異世界人の中に、戦力として数えられる者などもういない。

 彼らはもう……戦場に駆り立てられたとしても、何も出来なくなっている。


 楽にしてやるべきだ。戦いの日々から解放してやるべきだ。

 介錯ではなく、せめて安全な地で静かな余生を過ごさせてやるべきだという私の意見に賛同してくれたのは、やはり幽仙さまであった。


 残り十名にも満たない生き残りの若者たちを自分の領土に招待し、そこで面倒を見てくれるという彼のお言葉に甘えた私は、心身共にボロボロになった異世界人たちを幽仙さまの下に預けると共に、異世界人部隊の解散を幕府に報告した。

 上層部からの許しを得る前に全てを済ませていたため、私の行動は命令違反となり、厳しい処罰を課せられることは目に見えている。

 だが、もう……私の心も限界だった。徐々に朽ち果てていく若者たちを間近で見ることに、私自身の心も耐え切れなくなってしまっていたのである。


 おそらくは、私も異世界召喚実験の責任者の任を解かれ、どこかに追放されることになるのだろう。

 後悔はない、と言えば嘘になるが……これ以上後悔を重ねるよりかは何倍もマシだ。


 近日中にこの手記を書くこともなくなり、出世の道が閉ざされた辺境の地で、私は余生を過ごすことになると思う。

 だが、それでも……私が異世界人たちを利用し、弄び、命を散らせてしまったことへの贖罪としては、まだまだ軽過ぎる。


 私の罪は一生かかっても消えない。それだけは、間違いないのだ。

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