八日目・それぞれが超えるべき関門


「……で? これはどういう状況だい?」


「ははは……ご覧の通りの有様です」


 翌日、廊下で正座させられていた蒼は、その様子を目にした桔梗からの訝し気な視線を浴びながら乾いた笑いを浮かべて彼女へと答えた。

 その体には『ヘタレ!』だの『根性無し!』だといった罵詈雑言が書かれた張り紙が至る所に貼り付けられており、その中に自分の娘の字があることを見て取った桔梗が大方の事情を理解すると共に、大きく頷いてみせる。


「やよいに手を出さなかったのか。だから、栞桜たちに改めて説教された上でこんな辱めを受けている、と……」


「まあ、はい。仰る通りです。桔梗さんから申し付けられた自分の過去について話すということを、僕は出来ませんでしたから」


「……一応聞くが、その条件を無視してやよいを抱こうとは思わなかったのかい?」


「同じことをやよいさんにも言われましたよ。ですが、そんなことをしては彼女にも桔梗さんにも不義理を働くことになってしまいます。僕にはそんな真似は出来ません」


「ふはっ、真面目だねぇ……! いくらでも誤魔化す方法はあっただろうに」


「それもやよいさんから言われましたよ。親子だから、思考回路が似てるんですね」


「そういうあんたの方は育ての親とは真逆さね。宗正の奴なら、そんな条件なんて知らないとかなんとかのたまってやっちまってただろうさ」


 そういう部分が似なくてよかったとは思いつつも、この絶好の機会をみすみす見逃した蒼の馬鹿真面目さというか、ここまでお膳立てされても話すことが出来ない過去の重さに対して、またある意味での不信感を抱く桔梗。

 彼をここまで頑なにさせている出自についての不安を募らせる彼女であったが、これ以上自分が介入することが彼のためにも娘のためにもならないことを理解している彼女は、大きく溜息を吐いた後に蒼へと言う。


「……あんたの義理堅さはよくわかったよ。ただ、私が出す条件は変わらない。あんたが自身の過去をやよいに話さない限り、あの子に手を出すことは禁じておく。わかったね?」


「……はい。しっかりとこの胸に刻んでおきます」


「それならいい。まあ、仲間内でのいざこざは適当にそっちで処理しな。そうなるとわかった上で行動したんだから、私が口を挟む必要もないだろう?」


 たはは、と笑う蒼を横目にしながら、桔梗が彼の傍から立ち去る。

 ここから先は彼の意志の問題だと、これ以上は何も手出ししない方がいいだろうと、そう判断した彼女は期待と信頼を蒼へと寄せながら、彼がいつの日か、娘を幸せにしてくれることを願いつつ、自室へと戻った。


 若者の恋というのは難しい。自分もどのように見守ればいいのかも判らないし、正解である行動を取れている気がしない。

 そんなことを考えながら部屋の襖を開けた桔梗は、その中でぐったりと畳に倒れ伏している愛娘の姿を目にして、呆れたように息を吐いた。

 その吐息と桔梗の気配に気が付いたやよいは彼女の方へと顔を向けると、複雑な表情を浮かべながらこんな問いかけを投げかけてみせる。


「ねえ、おばば様ぁ……純粋な疑問なんだけど、あんなものが本当に体の中に入るの?」


「……なんの話だい?」


「むぅ~、だからさぁ……お、男の人のって、本当に受け入れられるものなわけ!? おかしいよ、あんなの絶対お腹破れるよ!」


 顔を真っ赤にしたり、逆に蒼白に染めたりしながら、今朝方抱いたばかりの疑問を育ての親へとぶつけるやよい。

 大方、朝勃ちしてしまった蒼のナニを見たか触れたかしてしまったんだろうなと悟った桔梗は、落ち着かないようすの娘の話を黙って聞き続けることにした。


「無理だよ~……あたし、ただでさえ体が小っちゃいのに、あんなの収まるわけないじゃん! 燈くんもそうだったけど、脇差よりの方が大きいってどういうこと? あれが普通なの? 男の人は全員、あんな凶器を股間からぶら下げてるわけ? 怖いんだけど!」


「……落ち着きな、やよい。まだその時じゃあないんだから、妙な心配をする必要はないだろう?」


「その時が来た時のことを考えてるんだってば! いっそ何も知らずに本番を迎えられた方がまだマシだったよ! やだよ~! ここぞって時になってあたしの方が怖気づいたら、完全に関係性が逆転しちゃうじゃんかよ~! 蒼くんのこと、お尻に敷けなくなっちゃうどころか、あたしの方が蒼くんに組み敷かれちゃうよ~! ……こうなったらいっそ、お尻の方で相手するか? そっちならまあなんとかなりそうな――」


「本当に落ち着きな、やよい。自分では気が付いてないかもしれないけど、あんた今相当にマズいことを口走ってるよ」


 蒼の童貞卒業をとんでもないものにしてしまいそうなやよいの発言に突っ込みを入れてみせれば、彼女は恨みがましい目線でこちらを睨んできた。

 まるで、「おばば様のせいで余計な心配をすることになったじゃないか」とでも言いたげな彼女の眼差しをどこ吹く風で受け流した桔梗は、やよいの不安を鼻で笑うと共にこう言ってのける。


「大丈夫さ、心配すんな。割とどうにかなるもんなんだよ、ああいうのは」


「おばば様は実物を見てないからそんな気楽なことが言えるんだよ! うぁぁ……! 蒼くんの馬鹿~! 中途半端なことするくらいなら、いっそのこときちんとトドメを刺してよ~! 恨むぞ~、恨んじゃうぞ~! これからのお尻ど~んは普段の倍の威力で打っちゃうんだからね!」


 大人ぶっていてもやっぱりまだまだ子供だなと、慌てたり恐れたり怒ったりするやよいの姿を目にする桔梗が思う。

 蒼とはまた別のベクトルの悩みを抱える羽目になってしまったやよいはごろごろと畳の上を転げまわっており、それがなんだか面白く思えてしまった桔梗は不謹慎ながらも彼女の様子にくすくすと笑い声を漏らしてしまった。


「う~、あう~……今度改めて大きさ調べておこう……そこから色々と対策練ろう、そうしよう……」


 うつ伏せの体勢のままに、悶えるようにして今後の行動指針を決定するやよい。

 どうやら、彼女の方にも超えるべき関門があるようだなと心の中で苦笑した桔梗は、くっつきそうでくっつかないこの二人のこれからを、ひっそりと応援していくのであった。






 ……なお、後日諸々の事情で蒼と燈のを知ることになった桔梗は、割と本気でやよいの不安が馬鹿にならないということを理解したらしく、いざという時の娘たちの安否を気にすることになったそうな。




――――――――――


これにて今回の幕間は全て終了です!

随分と本編の更新が途切れてしまいましたが、明日からは六章の前日譚となる五・五章の投稿を始め、そこから六章へとお話を進めていこうと思っています。


バトルとファンタジーに頭を切り替えて、頑張っていきますね!

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