五・五章 とある役員の手記

英雄召喚計画、始動


 ――零元四十七年、春の月

 日々増え続ける妖への被害を重く見た幕府は、その対策として思い切った改革を打ち出した。


 これまでも重要拠点の兵力の増強や臨時兵員の募集など、様々な方法で対妖用の戦力を確保しようとしたが、奴らはそれ以上の勢いを持って数を増やし、それを活かした戦略を習得しつつある。

 このままでは、幾ら雑兵を増やしても意味がない。1人で多くの妖を屠ることが出来る、一騎当千の英雄が必要だ。それも、出来る限り多くの、である。


 しかし、そんな強者がそう簡単に見つかるわけもなく、兵たちを育て上げるのにも限界がある。

 そこで打ち出された計画こそが、異世界人をこの大和国へと呼び出し、妖と戦う戦力として取り込むという策だ。


 研究によれば、異世界の人間たちは我々を遥かに超える気力を有しているものの、それを活用する方法を知らないらしい。

 そういった人間に武神刀を与え、最低限の練兵を行って、妖との戦いに駆り出せば……それはきっと、我が大和国を救う光明となり得るだろう。


 無論、問題は山ほどある。

 我々を遥かに超える気力を持つ人間を大量に呼び出した結果、彼らにこの国を乗っ取られてしまうというのがその一つだ。

 妖によって危機に瀕している我が国を救ってもらおうと召喚した人間に国を滅ぼされてしまったなど、落語のオチにしたって笑えない。


 故に、多くの人数を呼びはするが、多過ぎない程度の数に留めるということで会議は決着した。

 具体的にいえば、百名を超える人間を呼び出しはするが、五百まではいかない……といった感じだ。


 これでも十分に危険性はあるものの、そういった不安点を重く見過ぎて呼び出す戦力を少なくし過ぎては、妖に対抗するもなにもない。

 多少の危険は承知の上で、なんとか召喚した異世界人たちの機嫌を取り、英雄として快く力を貸してもらえるよう、努力するしか他ないだろう。


 他にもまだまだ問題点や懸念点はあるが、それらも一つ一つ解決していくしかない。

 このままでは大和国に生きる者たち全ての命が危ういのだ。なんとしてでもこの計画は成功させなければならない。


 それに、上手く戦力となる異世界人を呼び出し、その方法を確立することさえ出来れば、大和国の人間を兵隊として戦いに駆り出す必要もなくなるのだ。

 化物の相手は化物にやってもらう……人外の存在である妖と、我々からすれば怪物といって差し支えない気力量を誇る異世界人、双方だけが消耗してくれる展開が最上だ。


 民草も、将兵たちも、全ての命を救われることになるこの計画の進捗については、私が個人的に手記として書き記していこうと思う。

 現時点でこの大和国と異世界を繋ぐ通り道の構築と、異世界から人間を転送する術式は完成している。

 あとは、実際に召喚し、それが成功するか否かを確かめるのみ……大和国にとって貴重で重大な研究成果の確認の機会は、もうすぐそこだ。


 既に異世界と大和国は繋がり、後は詳しい座標を設定した上で術式を用いて異世界人を召喚するのみ。

 大勢の陰陽師たちを動員し、彼らに多大な負担を強いた上で決行する計画だ、ここで戦力となる異世界人を大量に確保出来たなら万々歳だが、そう上手くいかないと思っていた方が利口というものだろう。


 まずは一歩、召喚を成功させることを目的として計画を実行しよう。

 異世界から人間を呼び出し、その世界の人々が我々よりも高い気力を持っているということを確かめることさえ出来ればそれでいい。


 事は迅速に進めなければならないが、焦ってはならないこともまた事実。

 着実に、素早く、足を進めるためにも、数日後の召喚実験で有用な成果を挙げられることを祈ることとする。

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