七日目・夜
異様な緊張感に包まれた部屋の中。その部屋の主であるやよいは、自分の姿を何度も鏡で確認しながら深呼吸を行っていた。
髪も体も、普段の十倍は気合を入れて洗ったし、その際にきちんと見苦しい部分がないかも確認した。
褌と乳押さえもお気に入りの物を選んで身に着けているし……と、一つ一つの状態をチェックした彼女は、そこでようやく思考を止めて並んでいる布団を見やる。
昨日、蒼の手によって近付けられた自分と彼との布団の距離は、その気になれば触れ合えるまでにまで接近していた。
しかし、それではまだ不十分だということを理解しているやよいは、高鳴る心臓の鼓動を感じながら自らの手で最後の一押しを詰める。
自分用の小さな布団を掴み、蒼の布団の側へと引き寄せ、その距離を完全に零とするやよい。
ここまで自分を求めてくれた蒼に対する返事として、自分もまた同じ気持ちであることを示した彼女は、ようやく全ての準備が整ったことに対して、安堵の感情を抱いていた。
「これでいいんだよね。うん……」
自分の意志を再確認するように発された呟きからは、後悔や迷いの感情は感じられない。
本当に、この行動を起こしたことに対しての悔恨はないと自分自身の決意を確かめたやよいが深く息を吐いた瞬間、部屋の襖が開いて蒼が入ってきた。
「……お帰り、蒼くん。そろそろ眠ろうと思うんだけど、明かりを消してもいい?」
「……ああ、構わないよ」
ちらりと、蒼が横目で敷かれている布団の距離が完全に消滅している光景を目にしたことを確認した後に、やよいがそんなことを彼へと言う。
驚きも、動揺も、迷いも……一切感じさせずに淡々と返事をしてくれた彼の態度から、蒼もまた覚悟を決めているのだろうと判断したやよいは、四つん這いになりながら部屋の灯篭へと近付いていった。
「……じゃあ、明かりを消すね?」
少しだけ声が震えているかもしれないと思いながら、それを必死に隠そうとしながら……灯篭へと手を伸ばし、その内側で燃ゆる煌々とした明かりを弱めていく。
やがて、完全なる暗闇が支配するようになった部屋の中で、蒼の気配と息遣いだけを感じながら、布団へと戻ったやよいは、静かな声で彼へと就寝の挨拶を……そして、全ての始まりを意味する言葉を口にした。
「明かり、消したよ。おやすみ、蒼くん」
その言葉から先は、無音になった。
何も言わないまま布団に潜り、小さく呼吸を繰り返しながら瞳を閉じたやよいは、ここからの動きをなにも考えていなかった自分に苦笑を浮かべる。
彼との関係では優位を握っていたいだとか、自分が彼をお尻に敷く関係でありたいとのたまっておきながら、肝心なところでこれか……と、ヘタレな自分の弱々しさに若干の呆れを抱いていたやよいの耳が、布擦れの音を聞き取った。
「あぅ……っ!?」
しゅるりと、右脇から背中へと腕が回ってくる。
蒼の左手が自身の腰へと回り、体を抱きすくめるようにして背面へと回ってきた二本の腕の感触を感じ取ったやよいの口から、熱っぽい吐息が漏れた。
先手を取られたな、だとか、逃げられなくなっちゃったな、だとか、そんな思考を塗り潰すほどの緊張と興奮が彼女の心を満たす。
ややあって、完全に蒼の腕に捕らえられたやよいの小さな体は強く抱き締められ、彼の広い胸に大きな胸を押し付けるような格好になったまま、両者は密着することとなった。
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