七日目・仲間たち


「……燈、どう見る? 蒼とやよいの関係は、進展すると思う?」


「そりゃあお前、あそこまで行ったんだし……そろそろ、なぁ?」


「や、やはりお前もそう思うか……やよいが、蒼と、うぐぅ……なんだか緊張で腹が痛くなってきた……」


「栞桜ちゃんは関係ないんだから、そこまで思い詰めることないのに」


 一方その頃、蒼が悩んでいることなど知らない蒼天武士団の残りの四名は、燈の部屋にて話し合いを行っていた。

 議題……というより、話題として挙がっているのは遂に同棲生活最終日を迎える我らが団長と副団長のことで、二人が一線を超えるか否かの話し合いでこの場は盛り上がっているようだ。


「蒼がやよいと結ばれるということは、燈との童貞同盟も今日で終わり……明日からは大人になった蒼と自分との差に愕然としながら生きていくのね……」


「ぐっ……! ちょ、ちょっと嫌な気分になるようなことを言うなよ、涼音。俺だって少し気にしてんだからさ……」


「動ずるな、燈。こいつはお前の危機感を煽って、自分で童貞を卒業しておけという流れに話を持っていこうとしているだけだ」


「そういうのは協定に反するから止めようね、涼音ちゃん」


「冗談、冗談。本気でそんなことをするのなら、あなたたちの前ではしないわ」


 確かにその通りなのだが、抜け目のない彼女のことだから、ここで言質を得ただとかなんとか言ってなし崩し的に燈を襲うだなんて可能性も十分にある。

 女性の方が男性を襲うというのは実際どうなのか? という疑問もあるものの、蒼とやよいの関係性が発展するこの機会を節目に自分も……という小狡い策謀を巡らせそうな雰囲気を持つ涼音は、こころからも栞桜からも信用されていないようだ。


「燈、涼音が布団に忍び込んできたら大声を出せよ。こいつはそこまでやりかねん女だ」


「似たようなことをしたあなたにだけは、言われたくない」


「まあまあ、二人とも落ち着いて。これ以上続けるなら、今夜の晩御飯は抜きにしようか?」


 女性同士の牽制(と自身の仕事を活かした脅し)を目の当たりにした燈は、どうして自分の場合はこんなにも面倒臭い恋模様になっているのかと一人首を傾げた。

 一対一の恋愛ってやっぱり気楽でいいなと思いつつ、蒼のことを羨んだ彼は、大きな溜息を吐いた後に愚痴のような言葉を零す。


「心の底から祝福してえんだけどなぁ……やっぱ寂しさがあるっつーか、置いてかれた感があって複雑な気分なんだよなぁ……」


「……まあ、お前の気持ちもわからなくもない。私もやよいに恋仲の男が出来ると思うと、こう……胸が詰まったような、息苦しさのようなものを感じる」


「燈くんも栞桜ちゃんも、相棒みたいな存在が自分よりも大切な人を作っちゃうんだもんね……初体験を済ませるとかそういうの以前に、寂しいって感情が出てきちゃうのも納得だなあ……」


 あの蒼が、宗正から揚屋に行って童貞を卒業してこいと言われた時には自分と一緒に大いに戸惑い、やよいのからかいに非情に良いリアクションを見せ続けてきた、女性への免疫が皆無の蒼が、恋人を作る。

 やよいとは間違いなく両想いだし、関係は非常に良好だし、これからも益々いい感じに絆を深めていけるだろうと思えるカップルなのだが……これまで彼の相棒を務めてきた燈にとっては、色んな意味で寂しさを覚えてしまう状況でもあった。


 相棒の蒼だけでなく、大切な仲間であるやよいの幸せを祝福したい気持ちはあるが、それと同等の寂しいといった正直な感情も胸の内で渦巻いている。

 同じような気持ちを抱いている栞桜と共に複雑な表情を浮かべて頷き合った燈は、再び溜息を吐くと苦笑交じりに言葉を漏らした。


「明日からどんな顔してあいつらと話せばいいんだろうな……? むしろ、あいつらが妙に変わっちまったりしたら気まずくなりそうで嫌だぜ」


「ああ、うん……妙に堂々としている蒼とか、落ち着き払ったやよいとか……話の所々で目で通じ合う二人の姿を見たら、気がおかしくなるやもしれん」


「大人になるって、そういうこと。燈も寂しいっていうのなら、蒼と同じく童貞を卒業して――」


「涼音ちゃん、冗談はそこまでにしようか? 燈くんと栞桜ちゃんも気持ちはわかるけど、暗い顔しないでよ。明日のことは明日考える。もしも明日、やよいちゃんの歩き方が変になってたとしても、そこは仲間として見逃してあげられるくらいの心の余裕を持っておこうよ」


「……椿、お前って何気にエグいことをさらっと言うよな。最近、お前が怖く見えてきたわ」


 理解があるというか、理解があり過ぎるこころの言葉に若干戦慄しつつも、彼女の意見は間違ってはいないと燈は思う。

 兎にも角にも、自分たちは見守るしかないのだ。蒼とやよいがどうなったとしても、彼らから相談されない限りは不要に手出しをしない方がいいということが判っているのだから。


「上手くいってほしい……けど、やっぱ複雑だなぁ。栞桜、今夜は付き合えよ。お互いに愚痴を言い合おうぜ」


「望むところだ。酒も用意するか?」


「……そのまま流れでヤっちゃったりしないわよね? と、その飲み会における危険性を提言するわ」


「右に同じ。やるなら私たちも混ぜてほしいな」


 それは愚痴吐き大会に混ぜてほしいという意味なのか、それともいかがわしい意味なのか?

 やっぱりさらっと恐ろしいことを言うこころの図太さに苦笑を浮かべながら、燈は出たとこ勝負でなんとかなれと、明日の自分に全てを託して頭の中を空っぽにするのであった。

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