七日目・昼・その後


「……別に、そんな大仰なもんじゃあないよ。あたしと若旦那さんの住む世界が違った、ただそれだけの話だって」


「だとしてもだ、あの時団長さんに掻っ攫ってもらえて、やよいちゃんは嬉しかったんじゃないかい?」


 若旦那のフォローをするように、彼が悪いわけではないとでも言うように、店主の話に口を挟むやよい。

 そんな彼女へと投げかけられた質問は、敢えての無視という反応で返された。


 自分が正解を教えずとも、その答えは判っているだろう……という意味を含むその無言に対して、店主が小さく笑みを浮かべる。

 注文した団子と、彼から貰った茶を飲み干したやよいは、満足気に息を吐くと両手を合わせて言う。


「ご馳走様でした! ってなわけで、あたしはそろそろ帰るね! いろいろ気を遣わせちゃってごめん! 他のお客さんたちにも謝っておいて! じゃっ!!」


「またおいで! 今度は団長さんと二人でさ~!」


 元気いっぱいに手を振り、笑みを浮かべながら去っていくやよいを見送った店主は、そのまま今度は店内へと目を向けた。

 そして、これまでの自分たちの会話を見守っていた客たちの下へと歩み寄った彼は、やよいと若旦那の恋を応援していた女性たちへと声をかける。


「……ま、そういうわけだ。あんたらの思い通りにならなかったのは残念だが、ここは大人としてやよいちゃんのことを応援しようじゃあねえの」


「そうだねぇ……でも、惜しいわぁ。あの若旦那さん、本当に良い結婚相手だと思ったんだけど……」


「やよいちゃんみたいな子がいつまでも武士団の一員として活動し続けるってのも、ねぇ? 身を引いて、女性としての幸せを掴むいい機会だったと思ってたのに……」


 未だにやよいが若旦那を振ってしまったことについて、当事者でもないのにああだこうだと言い続ける女性たちへと辟易とした表情を向ける店主。

 これはもう、放置しておくしかないな……と、彼が考えたところに、お茶のお代わりを持ってきた女将が代わって口を開いた。


「私もそう思ってたけどねえ……でも、私たちは一番大事なやよいちゃんの意志を無視しちゃってた。肝心なのは、あの子がどうしたいか? っていう意思を尊重すべきだってことを完全に失念しちゃってたわ。若旦那さんと結婚すれば幸せになれるっていうのも、私たちの勝手な思い込みに過ぎないもの」


「妖たちを相手に武神刀を振り回して、いつ死ぬかわからない切った張ったの大立ち回りを続けることが、やよいちゃんにとっての幸せだってことかい?」


「それをあの子が望むのならね。でも……あの子は戦いたいんじゃなくって、戦いの先にある平和な世界を目指すために武神刀を振るってるんだと思うよ。その道を途中で断念させようっていうのは、私たちが考える幸せの形をあの子に押し付けてるだけさ。きっと、その先にあの子の幸せはないよ」


 そう、これまでの意見を反転させた女将は、そこで小さく微笑むとやよいが去っていった方向を見やる。

 なにかを思い返すように目を細めた彼女は、再び振り返って仲間たちの方を見ると、笑みを浮かべたままこう言った。


「それにね……うちの旦那に団長さんを褒められてる時、やよいちゃんは本当に嬉しそうだったよ。ありゃあ、完全に惚れてるね」

 

「そうそう! 昨日の団長さんを見るに、あの人もやよいちゃんにほの字みたいだし……誰かが付け入る隙なんざ、最初からなかったってことさ!」


 住む世界が違うとか、本気度合いが違うとか、そういう部分でもない。

 ただ単純に、最初の時点でもう勝敗は決していたのだ。


 後の行動はただ蒼とやよいの距離を詰めるだけの結果になるだけで、残念ながら若旦那が二人の間に割り込むことは、端から不可能だったということなのである。


「私たちも若い頃はあんなだったねえ……! 昔を思い出すよ……!!」


「本当だなぁ。あの二人が、いつ結ばれるか? 今から楽しみだよ。祝言の時には、美味い団子を祝い品として山ほど贈ってやらなきゃなあ!」


 過去の自分たちの恋愛模様に思いを馳せつつ、そんなことを語る甘味処の夫婦。

 客たちは、惚気交じりの会話に苦笑を浮かべながら、彼らと同じくやよいと蒼のこれからの恋路にちょっとした期待を寄せるのであった。

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