七日目・昼



「本当によかったのかい? あの人なら、やよいちゃんにぴったりだと思ったんだけどねえ……」


「あははっ! おばちゃんには悪いけどさあ……あの人とあたしとじゃあ、釣り合わないよ。あの人にはもっと、平和で幸せな人生を送れる伴侶さんが相応しいって」


 ぱくっ、と運ばれてきた団子を頬張りながら、甘味処の女将へとやよいが言う。

 今しがた、昨日の告白の返事として、若旦那に断りの文句を告げた彼女のことを、女将は勿体なさそうにしながら見つめていた。


 超が付くほどの優良物件だったのに、そんな彼を逃がしてしまうなんて……という女将からの視線も気にせずに美味しい団子の味わいに舌鼓を打つやよいであったが、店の常連客がそんな彼女へと声をかけてきた。


「ねえ、もしかしてやよいちゃん、昨日の彼に何か言われたんじゃあないの? あんな男と付き合うな、とかさ……」


「もしもそうだとしたら、そんな男が率いる武士団なんてやめちまいなよ! やよいちゃんなら、嫁の貰い手くらい山ほどあるって!」


「……そんなこと言う人じゃあないよ、蒼くんは。あの人を振ったのは、他の誰でもないあたし自身の意志だからさ」


 ちょっとだけ、噂好きのご婦人たちの言葉に苛立ちを覚えながらも、やよいはそれを団子と共に飲み込んだ。

 そうしながら、きちんと話をつけておかないと、蒼天武士団の団長は嫉妬に狂う度量の狭い男であるという噂が昇陽の街に広まりかねないと考えた彼女は、勝手な噂で盛り上がる常連客たちへと改めて声をかけようとしたのだが、それよりも早くに店の奥からやって来た店主が、不機嫌さを丸出しにした声を出して彼女たちを威嚇してみせた。


「お客さん方、噂好きなのは結構ですが、人の悪口を店先で騒ぎ立てるもんじゃあないですよ。折角の団子の味が悪くなるってもんでしょうが」


「うっ……!? ご、ごめんなさいね。ちょっと大声を出し過ぎたかしら……」


「お前も、あんなに団子を買ってくれたお客さんを悪く言うもんじゃあねえぞ。お客さんたちが快適に過ごせる空間を作るのが女将の仕事だろうに、率先して空気を悪くしてどうすんだ?」


「あ、ああ、ごめんよ。考え足らずだったねえ……」


 滅多に出て来ない店主からのお説教に、女将共々小さくなった常連客たちがやよいの傍から離れて自分たちの座席に戻る。

 女将もまた、そんな彼女たちに追従して注文を取りに行く中……どかっとやよいの隣に腰を下ろした店主は、先程とは打って変わった快活な笑みを浮かべて彼女へと話しかけてきた。


「うちのかかぁが悪かったな。悪気はねえんだ、許してやってくれ」


「最初から気にしてないよ。おばちゃんだって、あたしのことを思ってあの若旦那さんとくっつけようとしたんだろうしさ」


「いや~、どうだろうかねえ? あいつ自身の趣味だって可能性も十分にあるが……まあ、やよいちゃんのことを大切に思ってるのは間違いないだろうよ」


 妻が粗相をした詫びとして、やよいに茶をサービスする店主。

 そんな彼から湯飲みを受け取り、ずずずと音を立てて熱い緑茶を啜ったやよいは、続けて彼の発された言葉を穏やかな気持ちで受け取ることが出来た。


「……俺ぁ、あの若旦那さんよりも昨日の団長さんの方が好きだね。良くも悪くも、あの人はやよいちゃんに対して全力だ」


「そうかい? でも、若旦那さんだってやよいちゃんにご執心だったじゃあないか。あんたはどうして若旦那さんよりも、彼の方が上だって言うんだい?」


 店主がそこまで話したところで、戻ってきた女将がそんな質問を自分の伴侶へとぶつけてきた。

 横目でちらりと自身の妻を見やった店主は、その答えをやや大きめの声で説明し始める。


「知れたことよ。昨日のやり取りをみりゃあ、大体の奴は一発でわかる。若旦那さんは確かにやよいちゃんに対して本気の好意を寄せていたが、最後の一歩の押しが足らなかった。お前やお客さんたちの力を借りて、やよいちゃんとの逢引まで漕ぎつけたまではいい。だがな、告白をこの店でやろうとしちまったのがあの人の失敗だよ」


「どういうことだい? 私にはさっぱりだ」


「頼り過ぎたんだよ、若旦那さんは。なまじお前らが手を貸し過ぎたせいで、心のどこかで甘えが出ちまった。この店で、お前たちの前で告白すれば、お前たちがその部分でも手助けしてくれるんじゃあないかって思っちまったんだ。その甘えがあの人の敗因さ」


 そう語る店主の言葉に、先程まで噂話をしていた常連客達も耳を傾けている。

 当のやよいはのんびりとした様子で団子とお茶の組み合わせを楽しんでおり、店主の話を否定するつもりがないように見えた。


「逢引の後だとか、ここじゃない場所で二人きりになった時だとか、告白の機会は幾らでもあったんだ。その時に行動を起こしてりゃあ、話は変わったかもしれねえな。だが、あの人はこの店を大勝負の戦場に選んじまった。確かにここならお前らからの援護も受けられるし、やよいちゃんが告白を断りにくい空気にも出来るんだが……その時点でもう、あの人は勝つことじゃなくことを考えちまってたんだよ」


「ははぁ……!! なるほどねえ。そう言われてみりゃあ、確かに若旦那さんはちょっと狡く思えるわなあ」


 店主の言葉に納得した客の一人が得心がいったとばかりに手を打ち鳴らしながら言う。

 若旦那の恋を応援するはずが、その行動が故に最後の最後でその敗因を作り出してしまったと知った女将や常連客たちは、どこか罰が悪そうな顔をしていた。


「で、だ……いわばあの時のこの店は、若旦那さんの城。やよいちゃんを囲って、完璧な構えで迫ってみせた。そんな堅牢な城にたった一人で挑んだのが――」


「団長さんってわけか! ははぁ、話が見えてきた!! 若旦那さんは女将さんや客たちの力を借りた上で自分に有利な状況を作ってやよいちゃんに迫ることしか出来なかったが、団長さんはそんなの無視して自分一人でやよいちゃんを取り返しにきた! 確かにこりゃあ、この時点でどっちが漢かってのは明白だわなぁ……!!」


 これはあくまで店主の主観による話だが、完全にフラットな状況でこの二人の言動を見た場合、どちらの方を応援したくなるかと聞かれれば、多くの人が蒼を支持すると答えるのではないだろうか?


 自分一人では告白も出来ず、絶好の機会を逃し続けてしまった若旦那と、絶対的な不利を承知で敵陣に乗り込み、やよいを奪還しにきた蒼。

 やり方こそ褒められたものではないが、惚れた女を恋敵に渡したくないが故の不器用な行動だったと思えば、それもまた好意的に感じられるものだ。


「……若旦那さんがもし、やよいちゃんを連れて行こうとする団長さんの前に立ちはだかってでも彼を止めていたら、話はまた別だったと思うぜ。だが、あの人はそれをしなかった。そこが、この勝負の大きな分かれ目だったな」

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