七日目・師匠たち

「……宗正、一つ聞かせとくれ」


「あん? なにを聞きたい? 隠していた春画なら、今度こそお前らに全部燃やされたぞ?」


「んなことはどうだっていい。私が聞きたいのは、蒼坊やについてだ」


「……あの子の出自について、だね?」


 昼食後の桔梗邸、家主の部屋。

 そこに集まった師匠たち三人は、何やら剣呑な雰囲気の中で会話をしている。


 話を切り出した桔梗の言葉を受けて百元がもう一歩踏み込んだ質問を口にすれば、桔梗もまたその言葉を受けて大きく頷いてみせた。


「私たちが拾った弟子のうち、あの子だけが出自がわかってない。あの子は何処で何をしていて、どうしてお前と出会ったんだい?」


「もう一つ。君もあの子も、どうしてこれまでずっと蒼くんの過去について話そうとしなかった? なにか、理由があるのかい?」


「……言えん。少なくともわしの口からはな」


 旧友たちからの質問に、そっぽを向いて短い返答を口にする宗正。

 その理由を、答えを、今は告げるつもりはないという彼の態度に僅かに目を細めた桔梗が、尚も食い下がるようにして言葉を重ねる。


「言えない、とはどういうことだい? あの子以外の全員が、自分たちの過去について仲間たちに話しているはずだ。その上で、どうして蒼坊やだけを特別扱いする?」


「こっちにもこっちの事情があるということだ。わしら師匠の取り決めについて、お前が口出しする権利はあるまい」


「いいや、あるね。もしも坊やがうちの娘とねんごろな関係になったとしよう。月日が経ち、上手いこと話が進んでいけば、二人は夫婦になるかもしれん。そうなった時、蒼坊やが隠していた過去が、やよいとの将来に不穏な影を落とすかもしれない。お前さんたちが抱えている秘密がどんなものかはわからないが、やよいの育ての親として、どこの馬の骨とも知れない野郎にあの子を嫁に出すわけにはいかないっていうのは、当然の考えだろう?」


「………」


 桔梗の意見に口を閉ざした宗正は、押し黙ったままなにも喋ろうとしない。

 その反応に更に怒りを募らせた桔梗が口を開く前に、仲裁に入った百元が咳払いの後にこう言った。


「まあ、待ちなよ。桔梗の気持ちもわかるが、宗正の心情も汲んでやろうじゃないか。君はまだしも、あの蒼くんが僕たちだけでなく親友や想い人にまで話そうとしない過去だ。きっと、それなりの理由があるんだろう」


「それはわかってるよ。ただ、あの子だってこのままずっと秘密を抱え続けているのも辛いだろうさ。どこかで洗いざらい吐いちまった方が楽になると思わないかい?」


「その時期を決めるのは蒼くん本人であって、我々じゃあないということだよ。だが宗正、君もだんまりというのはいただけない。少なくとも、蒼くんの過去がやよいさんとの未来において不利益を及ぼす可能性があるものなのかどうか? という桔梗の不安を解消するくらいの回答はしてもいいんじゃあないのかい?」


「………」


 双方の意見に理解を示しつつ、衝突が起きないようにやんわりと二人を叱責した百元は、そのまま宗正へと質問を投げかけた。

 この質問に対して、宗正がなんの心配もいらないと答えてくれればそれで済む話なのだが……と、彼が思う中、口を開いた宗正は普段の堂々とした雰囲気とは真逆の、か細い声でこう答える。


「万が一、いや、億が一くらいの可能性だが……蒼の過去が、あいつ自身の未来に不利益を及ぼす可能性はある」


「……どういうことだい? まさか、蒼坊やは誰かから恨みを買うような真似をしでかして、あんたがそれを匿ってるってことかい?」


「違う。断じて違う。あいつは恨みを買うどころか、誰かを傷付けたことすらない。蒼は、蒼司は……本当に、優しい子なんだ」

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