六日目・問
普段は蒼が悶々と悩み、眠れぬ日々を過ごした夜。
だが、今夜ばかりは立場が完全に逆転しているようだ。
今日という日の安全は確保されたが、明日は判らない。
むしろ、近付くことを許してしまった結果、蒼に自分を襲う絶好の口実を作ってしまったのではないかと、やよいは戦々恐々とした気分を抱えてしまっている。
(どっ、どどど、どうしよう!? あああ、明日、あたしは……!?)
蒼が望むならばそれを受け入れるだとか、まあ彼がそんなことをするとは思えないだとか、結構な余裕を持っていたやよいだが、実際にその時が迫るとこんな感じだ。
脆さというか、心の底にあるヘタレな部分というか……小悪魔のようでいて割と純真な乙女である彼女は、着実に迫っているその時に対して緊張感を高めていた。
このままでいけば、明日自分は蒼に食べられてしまう可能性が高い。
それは決して嫌なことではなく、むしろ喜ばしいことなのではあるが……やはりというべきか、初めての経験を目前にすると恐怖と緊張感が込み上げてくるものだ。
あの蒼が、こんな唐突に自分に手を出すとは思っていなかった。
もっとこう、順序を経て、色んな手順を重ねて、その上でそういった行為に及ぶと思っていたやよいにとって、この超高速の展開は完全に予想外だったのである。
(どうしよう!? 蒼くんがもしもその気だったら、あたしは――!!)
彼がその気になれば、自分なんてあっという間に食べられてしまう。
ここまで彼が行為に至るまで時間をかけたのも、まさか自分が美味しく仕上がるまで待っていたのではないかという邪推すら初めてしまったやよいは、不安と期待が半々になっている心を抱えたまま、蒼の方を見やる。
もしもここで彼がすやすやと寝息を立てていたら、それはそれで腹立たしいなと思う彼女であったが……そこで、闇に慣れた目があるものを捉えた。
「……?」
首を反対側に向け、こちらを見ないようにしながら眠る蒼。
普段はとても寝相のいい彼だが、今日だけはちょっとだけ妙な格好で眠りに就いている。
顔は自分の方を向いていないのに、敢えてそうしているような雰囲気が感じられるというのに……右手だけが布団から飛び出し、こちら側へと伸ばされているのだ。
丁度、自分と彼との布団の中間地点まで伸びているその手を目にしたやよいが、数秒間の戸惑いの後にあることに気が付く。
これは、自分へと伸ばされているこの手は……敢えて蒼がこうしているのではないか、と……。
昼間に繋いだこの手をやよいが掴むかどうか? 蒼はそれを以て、最後の答えを出そうとしているのかもしれない。
もしもやよいがこの手を握り返してくれたのなら、彼女が再び自分の想いを受け入れてくれたのなら……それが、彼の背中を押す最後の要素となる。
逆に、彼女がこの手を握り返さなかったとしたら、今はまだその時ではない。彼女はまだ、自分を受け入れることに迷いがあるということだ。
意思表示を行い、その上で彼女に選択権を握らせるために、蒼はこんな回りくどいことを行っている。
そのことに気が付いたやよいは、改めて自分の方へと差し出されている蒼の右手を見つめながら、ごくりと息を飲んだ。
これが、自分と彼にとっての大きな分かれ道。
きっともう、蒼も自分がこの手に気が付いたということに気が付いているだろう。
その上で、やよいがどうするか? 蒼は彼女の反応を待っている。
そんな彼に対して、やよいが取った行動は――
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