五日目・傷付き


 核心を突く涼音の言葉に、ただでさえ凹んでいた気持ちを更に沈まされた蒼は、力なく項垂れながら完全に沈黙してしまった。

 確かに、自分はやよいに対してあんまりな態度を取り続けていたのではないかと……そんな風に己の行動を顧みてショックを受ける彼に対して、燈がフォローを入れる。


「そんな虐めてやるなよ、涼音。蒼だって色々と悩んでるわけで、なんでもかんでも正しいことが出来るってわけじゃあねえんだからさ」


「それは、そう。だけど、誰かがきちんと言ってあげないと、一生このままな気がしたから、教えてあげた」


「まあなぁ……でもよ、大事なのはそのことに気が付いた今、蒼がどうするかってことだろ? ここで凹ませて次もへったくれもない状態まで追い込んじまったら、お前のお説教の意味がなくなっちまうじゃねえか」


 涼音の行動の正しさを認めつつも、この先のことを考えてもう少し加減をしてやれとも注意をした燈は、そこから親友へと話す相手を変えると改めて彼へと問うた。


「で? 今の話を受けて、お前はどうするんだ? 少なくとも、このままでいいと思ってるわけじゃあねえだろ?」


「それは……そうかもしれないけど……」


 今のままではいたずらにやよいを傷付けるだけだと、自分の行動を反省した蒼ではあるが……だからといって、即座にそれを改善出来るほどの切り替えの速さは有していないようだ。

 ここからどう動くべきか? という問題に対して悩み続け、答えが出せないでいる彼の態度に業を煮やした栞桜が、ぷんすかと頭から湯気を立ち上らせながら叫ぶ。


「ええい、いつまでもうじうじとして男らしくない奴だ! このままどこぞの馬の骨にやよいが取られてもいいのか!?」


「やよいちゃんは今、不安になってると思いますよ? そんなタイミングで自分のことを好きでいてくれる人にアタックされたら、そのままコロッと落ちちゃうかもしれないですし……それが嫌なら、何か一つでも行動を起こすべきだと思います」


「こころの言う通り。ここでやよいが逢引の相手とくっつかなくても、蒼が煮え切らない態度を取り続けている限り、関係性の発展はないわ。今は周りの人も応援してくれるかもしれないけど、時間が経てば経つ程、そう言う人たちからのあなたへの信頼も薄れていく。胸を張ってやよいが好きだと言うことも出来ないあなたより、あの子に相応しい相手なんて大和国中にごまんといるでしょうしね」


「………」


 三人娘からの怒涛の猛追を受けた蒼は、項垂れたまま何も言葉を発する気配がない。

 相当に落ち込んでいる彼を励まし、その想いを引き出すようにして、改めて燈が彼へとこう問いかけた。


「蒼、お前がそこまで悩んだり凹んだりする時点で、それが答えだってことはわかってんだろ? なんでそうやよいへの気持ちを認めようとしねえんだ? なにがお前をそんな風に頑なにさせてるんだよ?」


「………」


「今更やよいのことが好きだって認めるのが恥ずかしいのか? それとも、自分に自信がないのか? そんなタマじゃねえだろ、お前はよ。何をそんなにビビッてるんだよ?」


「……僕は――」


 燈からの問いかけに、蒼がようやっと口を開いて何かを言おうとする。

 しかし、喉の奥から出かかったその声は言葉になることはなく、代わりに謝罪の言葉だけが彼の口から飛び出してきた。


「……ごめん」


「あっ、おい、蒼!?」


 ゆらり、と立ち上がった蒼が、言葉少なに謝罪の言葉だけを残して部屋を出て行ってしまう。

 その背に投げかけられた燈の声にも振り向かずに、ふらふらとした足取りで仲間たちの前から消えた彼は、壁によろよろともたれ掛かりながら廊下を歩んでいった。


「……大分効いてるな、あれは。ちょっと追い込み過ぎたか?」


「今の状態であの感じなんだから、もしもやよいちゃんが誰かと付き合うことになったりしたら、それこそショックでどうにかなっちゃうんじゃないかな……?」


「ふんっ! そんなもの、あいつの自業自得だろう! いつまでもいじけて何も行動を起こさなかったツケが回ってきただけの話だ!! 少なくとも私は、今のあいつよりも若旦那の方がやよいの相手に相応しいと思い始めてきたぞ!」


「栞桜の、言う通り。ウジウジしている間にも応援してくれる人たちは自分から離れていくし、やよいだって他の男に心移りもする。案外、手遅れになる時は近いかもしれないわよ?」

 

「そうかもしれないけどよ。でもやっぱ……蒼には、後悔してほしくねえんだよな……」


 燈は、これまで大半のことで世話になりっぱなしになっている親友には幸せになってほしいと心の底から願っている。

 なんでもかんでも一人で抱え込みがちな蒼にとって、そういった自身の性格を熟知した上で補佐や愚痴を吐く相手になってくれるやよいという女の子は、公私ともに必要不可欠な存在になっているはずだ。


 願わくば、今回の問題に関しても無事に葛藤を乗り越え、蒼にとっても後悔のない結末を迎えてくれると嬉しいが……問題は、この件に関してはやよいの力を借りられないことであろう。

 蒼が素直に自身の本心を吐露出来るほとんど唯一の存在であるやよい無くして彼は心の整理が出来るだろうか、と燈が親友の様子に不安を募らせていると――


「いやぁ、いいもんだのう。これぞ青春、って感じじゃなあ……!!」


「うえっ!? し、師匠!?」


 唐突に、腕組みをしながら何かに感激するように頷き続けている宗正が登場したことに、燈が素っ頓狂な叫びを上げる。

 彼の出現に驚いたのは燈だけではなく、こころたち三人娘もそれなりに驚いているようだ。


 今現在、桔梗に屋敷から追い出されて庭に作られた粗末な小屋で過ごしている宗正は、多少は疲れた様子を見せながらも目の前で繰り広げられた青臭いやり取りにいたく感激しているようだった。


「盗み聞きをして悪かったな。偶々通りがかったところに気になる話が聞こえてきたから、悪いと思いながらついつい聞き耳を立ててしまったよ……」


「いや、まあ、聞かれて不利益になる話じゃあないんで、俺たちは別に構わないんですけど、その……」


「わかっておる。蒼のことだろう? ……あいつをあまり責めんでやってくれ。あいつは、そうだな……死ぬほど愛することに臆病で、不器用な奴なんじゃよ」


 師匠として、蒼の成長を見守ってきた人間として、言葉を選びながら彼を擁護する宗正。

 普段の軽い雰囲気ではなく、まるで父親が息子を語る時のような表情を見せる彼が発した真剣で穏やかなその声に、燈はふと思う。


 蒼天武士団の中で唯一、蒼だけは自身の出自を語ろうとしない。

 それだけは、あのやよいですらも踏み込もうとしない、自分たちの中にある最大の謎とでもいうべき秘密だ。


 ……いや、たった一度だけ、彼女がその過去に踏み込もうとした時があった。

 蒼天武士団がその名を冠する前、武士団として立ち上がった時に、団長を決める会議をした際のことだ。


 あの時蒼は、やよいの言葉に一瞬だけ本気の怒りというか、苦しみの感情を溢れ出させてみせた。

 大切な人を失った……そんな言葉が切っ掛けとなって感情を爆発させた彼の姿を思い返した燈は、再び目の前の師匠の姿を見つめながら思う。


 自分たちの中で、宗正だけが謎に包まれた蒼の過去を知っている。

 蒼が何処で生まれ、どんな日々を送り、どうやって弟子になって、どう成長してきたかを知る人物は、師であり父親代わりである彼しかいないのだ。


 その宗正がこう言うということは、蒼のやよいに対する態度にも何らかの理由があるのだろう。

 少なくともそれは、一朝一夕で解決出来るような生易しい問題ではないのだろうなと思いながら……燈は、まだまだ知らないことが多い、頼りになる親友が消えた廊下の先を、黙って見つめ続けるのであった。


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