一方・燈たち


「あ~……やっぱ団子と茶の組み合わせは最強だよなぁ……なんつーかこう、ノスタルジックな気分になるぜ」


「そ、そうか? まあ、お前がこの店を気に入ってくれたなら何よりだ」


 同時刻、とある茶屋にて。

 逢引に出掛けた燈と栞桜は、二人きりでの食事を楽しんでいる真っ最中であった。


 行きつけの甘味処であるこの店の名物を燈が気に入ってくれたことに安堵しつつ、生まれて初めての異性とのお出掛けにどぎまぎと緊張を高鳴らせる栞桜。

 湯呑を持つ手もなんだか震えており、あとほんの少しでも緊張が高まればそのまま握り潰してしまいそうなくらいに力が込められているように見える。


 それなりに会話を楽しんでいるようで、実のところは自分が何を言っているのかも判ってはいない。

 なにぶん、好意を抱いている相手とのおデートという奴に凄まじいまでの緊張を抱いてしまうくらいに乙女である彼女は、それでも必死に燈と過ごすひと時を楽しいものにしようと努力をしていた。


「わり、ちょっと厠行ってくるわ」


「あ、ああ、わかった……」


 そうやって、食事と会話を楽しんでいる最中、燈が軽く声をかけて席を外す。

 席に一人きりになった安堵に多少の落ち着きを取り戻した栞桜が、ここまでの自分の言動に妙な点がなかったかを必死に振り返っていると――


「ねえ、栞桜ちゃん。あんた、大丈夫かい?」


「うひゃいっ!? お、おばちゃん……?」


 お茶のお代わりを持って来てくれたこの店の女将に声をかけられた栞桜は、間抜けな悲鳴を上げてしまった。

 こんっ、と音を立てて湯飲みを机の上に置いた彼女は、不安そうな表情で顔見知りである自分のことを見つめてきている。


 傍から見ても判るくらいに自分の挙動は不審だったのか……と、若干の苦笑を浮かべて己の言動を反省する栞桜であったが、女将の不安の種は彼女とはまた違った点にあった。


「これ、言おうかどうか迷ったんだけどねぇ……長年の常連客である栞桜ちゃんには幸せになってほしいから、正直なことを言わせてもらうよ。あの男だけは信用しない方がいいと、おばちゃんは思うよ」


「えっ? ど、どうして……?」


「いや~、実はねえ。あの男、つい最近にもうちの店に栞桜ちゃん以外の女を連れて来てるんだよ。それも二人も! 栞桜ちゃんを入れて三人だよ、三人! そんな浮気性な男と付き合うもんじゃあないって!」


「あ、ああ……なんだ、そういうことか……」


 突然の女将からの忠告にびっくりした栞桜であったが、理由を聞いて納得すると共に安堵の表情を浮かべた。

 考えるまでもないが、燈がこの店に連れて来た……というより、燈をこの店に連れて来た女というのは、こころと涼音に間違いない。

 おそらくはやよいからおすすめの店を聞いて、こぞってここを逢引の目的地の一つとして組み込んだのだろうなと考えた栞桜は、色々と苦労していそうな燈に若干の申し訳なさを感じていた。


 女将の話を聞く限り、燈がこの店に来るのは今日で三回目。しかも、ここ数日の間に立て続けにやって来ているわけだ。

 既に二回の来店でこの店の甘味は味わってしまっただろうし、三回目ともなると真新しい品を注文することも難しい。おそらく、既に食べたことのある団子と茶を注文して、文字通りお茶を濁そうとしてくれているわけだ。


 そういった部分の苦労を自分に感じさせず、純粋に名物を美味しいと言ってくれる彼の心遣いには本当に感謝の気持ち以外出てこない。

 彼に想いを寄せる女として、お喋り好きなこの女将が燈の悪評を広めぬよう、誤解を解いておかなければ……と、自分たちの事情を彼女に話そうとした栞桜であったが、それよりも早くに女将が気になる言葉を口走った。


「栞桜ちゃんはころっと男に騙されて、ほいほいと食べられちゃいそうだから、おばちゃんは心配だよ。その点、やよいちゃんは大丈夫だろうけどさあ。あんなに誠実で身形もはっきりしてる恋人がいるんだから、将来も安泰だよねえ」


「は……? やよいに、恋人……?」


 聞き捨てならないその一言に、栞桜の表情が驚きの色に染まる。

 親友に恋人がいるなどという不可思議なことを申した女将へと訝し気な視線を向けてみれば、彼女は嬉々としてやよいのプライベートな部分を喋り始めた。


「あら、聞いてなかったの? やよいちゃん、うちでよく団子食べながら男の人と話してるのよ! 昨日もわざわざ雨の中店までやって来て会ってたし、その後も二人で何処かに行ったみたいだしねえ! ここだけの話、今日も二人で逢引に出掛けるって言ってたわよ!」


「あ、逢引……? 今日と、昨日……二人で出かけた……?」


 昨日は帰りが遅く、今日は早めに家を出たやよいの行動を思い返した栞桜の顔がみるみるうちに青く染まっていく。

 まさか、という思いが胸の内で渦巻く中、同時に思い浮かんだのは蒼の顔だった。


 女将の話を聞いた時、真っ先にやよいの恋人として名前が上がったのは彼であったが……その蒼は、昨日も今日も屋敷で過ごしているはずだ。

 少なくとも昨日は自分も屋敷で眠りこける蒼の姿を目撃しているし、やよいの帰りが遅いことを心配していた彼の様子もこの目でばっちりと見ている。


 つまり……やよいが今、逢引に出掛けている相手は蒼ではない。彼とは別の男性だ。

 そして、この女将曰く……その男性は、やよいの恋人だという話である。


「お、おばちゃん、その男って、どんな奴なんだ……?」


「あっ、栞桜ちゃんも気になる? その人もこの店の常連さんでねえ、近くの商家の跡取り息子なのよ! 美丈夫で性格も良いし、家柄もはっきりしてる! やよいちゃんは頭も良いから向こうのご両親もきっと気に入るでしょうねえ!」


「しょ、商家の跡取り息子……家柄もはっきりしている……」


 もしかしたら、蒼は自分が知らないだけで分身の術のような同時に二か所に存在出来るような秘奥義を使用出来て、それを使ってやよいとの逢引を楽しんでいるのではないか……という栞桜の淡い希望は、女将の返答で粉々に粉砕された。


 どうやらその男性と女将は知り合いらしいし、顔も身分も熟知している様子だ。

 少なくとも、彼女が話すやよいの恋人らしき男の身分は、蒼とは全くかけ離れている。


 やはり、その男性と蒼は別人だ。やよいは今、自分たちも知らない男と逢引を楽しんでいる真っ最中なのだ。

 にわかには信じ難いが、この女将が嘘を吐くとは思えない。多少の誇張は入っているだろうが、彼女も真実を話しているのだろう。


「実はね、二人をくっつけたのはおばちゃんなのよ~! 男の人の方がやよいちゃんを気に入っててね、なかなか話す機会が掴めなかったみたいだから、ちょ~っと手を貸してあげたってわけ! あの二人は上手く行くと思ってたし、やっぱりおばちゃんの人を見る目は確かよね~! 二人が結婚したら、もしかしたら私、仲人として婚礼に呼ばれちゃったりするのかしら!? や~、楽しみ~!!」


 きゃっきゃとはしゃぐ女将には悪いが、何とも余計なことをしやがってという感想しか出てこない。

 そう思ったのは栞桜だけではなかったようで、べちゃくちゃと他人のプライベートをくっちゃべる彼女の後ろから、とんでもない形相をした男が声をかけてきた。


「……おい、ちょっといいっすか?」


「え……? ひ、ひいいっ!?」


 不意に呼びかけられた女将が振り返ってみれば、そこには般若とも見紛う形相をした燈の姿があるではないか。

 よもや、先の彼のことを信用出来ない男だと言った自分の発言を聞かれていたのでは……と、鬼と化した燈の姿に一瞬で凍り付いた女将に対して、彼はドスの効いた声で言う。


「その話……詳しく、聞かせてもらえませんかねぇ……!?」


 

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