四日目・朝



 蒼が悶々とした眠れぬ夜を過ごしたその翌日。言い換えると、彼とやよいとの同居生活の四日目の朝は、生憎の雨模様であった。

 土砂降りとまではいかないが外に出るのが億劫になるこの天気の中、朝食を終えたやよいはいそいそと出かける準備をしている。


 綺麗な着物と、可愛らしい柄をした荷物入れの手提げ袋と、体格に見合った小さめの傘を用意する彼女の姿をちらりと見やった蒼は、寝不足のせいで赤く充血している眼をしょぼしょぼとさせながらこう問いかけた。


「出掛けるの? なにか、急ぎの用?」


「ううん! お気に入りの甘味処に行くだけ!!」


「こんな雨の日にわざわざ行く必要がある? 晴れた日に行けばいいじゃない。どうしても甘いものが食べたいっていうのなら、屋敷を探せば羊羹の一つや二つくらいはあるでしょ?」


「ちっ、ちっ、ちっ。甘いよ蒼くん、あんみつのように甘い! こういう雨の日はね、お客さんが少ない分、お店の人がおまけや値引きをしてくれる可能性が高いんだよ! この機会を逃さずして、いつ行くっていうのさ!?」


「ああ、そう……」


 確かに、外出を控えようと思う雨の日にわざわざ来てくれる客には、ちょっとしたサービスをしたくなるのが常というもの。

 それが結構な頻度で店に来てくれる常連客ならば尚更だし、やよいのような愛嬌のある美少女ならばその気持ちは更に跳ね上がるだろう。


 こういうところもちゃっかりしているんだな~と、彼女なりの処世術兼倹約術に感心した蒼は、にこにこと上機嫌で支度を整えるやよいの姿をぼんやりと見つめながら、彼女を快く送り出す言葉を口にした。


「そういうことなら美味しいものを沢山食べておいでよ。昨日、君に手伝ってくれたお陰で仕事もほとんど残ってないし、僕も少し休ませてもらうからさ」


「にししっ! お互い、たまにはの~んびりする時間が必要だしね。事務作業を頑張ったご褒美ってことで、今日は休暇を楽しむとしようよ!」


 やよいの言葉に頷きながら、大きなあくびをする蒼。

 彼女が外出するというのなら、その間この部屋は使い放題ということだ。

 それなら毎晩のように悶々とすることもないし、余計な雑念も感じることなくぐっすりと眠りに就ける……と、内心でそのことを喜ぶ彼がぐぐっと体を伸ばす中、支度を整えたやよいが部屋を出て行きながら捨て台詞を口にした。


「んじゃ、そういうことで! お団子、お饅頭、大福! 待ってろ~っ! お腹いっぱい食べちゃうからね~っ!」


 元気いっぱいに叫びながらとてちてと廊下を走るやよいを見送った蒼は、小さく笑みを浮かべながら幸せな二度寝の時間を迎えることにした。

 取り合えず、今日は特に苦心することもなさそうだ。寝て、起きて、適度に体を動かして……そうやって、純粋に休みを楽しむ一日がたまにはあってもいい。


 布団を敷き、中に潜って、目を閉じて……そうやって、非常に怠惰な時間の過ごし方を始めた蒼は、今日という一日が何の問題もなく過ぎていくと思っていたのだが……?

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