四日目・昼
「……遅いな、やよいさん。もうとっくに帰ってきてもおかしくない時間なのに……」
それから数刻後、昼食を寝過ごしてしまう程にぐっすりと眠りこけた蒼は、時刻が夕方に近付いても帰ってきていないやよいのことを思いながら不安気に呟いていた。
そんな彼の言葉にうんざりとした表情を浮かべた燈が、手入れを終えた『紅龍』を鞘へと納めながらこれまたうんざりとした声で言う。
「お前さぁ……何度目だよ、この会話? 不安なら、迎えに行けばいいだろ? 店の名前も場所もわかってんだからよ」
「い、いや、そこまでする必要はないでしょ。やよいさんも見た目はあれだけど幼子ってわけじゃないし、そもそも入れ違いになっても困るわけだしさ。その内帰ってくるだろうさ、うん」
「その台詞も耳にタコが出来るくらいに聞いたぜ? さっきから定期的に同じことを言ってんじゃねえかよ」
はあ、と煮え切らない態度の親友の様子に溜息を吐きつつも、燈多少は彼の心情に理解を持ってもいた。
確かに、朝食を食べて間もなく外出したというのに、昼どころか夕方に足を突っ込みかけている時間帯まで帰宅していないというのはちょっと時間が掛かり過ぎている。
蒼の話を聞く限り、やよいは雨の日のセールを狙って甘味処に行ったはずだ。
店に行き、会話を楽しみながらお腹いっぱいになるまで甘いものを食べて、食後にひと息ついて……というのんびりとした時間を過ごしたとしても、一刻もあれば十分に帰宅出来るだろう。
無論、食事を終えた後にやよいが昇陽の街を散策している可能性はあるが……それにしたって、こんな雨の日にぶらぶらと外を出歩くものなのだろうか?
最初から予定があるのなら、蒼にそのことを言わないはずもないし、と考えてみると、確かに彼がなかなか帰ってこないやよいのことを心配するのも無理はない話だと燈にも思えていた。
(問題は、やよいのことを心配してるってことを蒼が認めようとしてないことなんだよなぁ……別に変な話じゃあねえのに、妙に意固地になってるっつーかよ……)
こういう状況なんだから、とっくに帰宅しているはずのやよいが遅い時間帯になっても帰ってこないことを不安に思ってもおかしくはない。
だが、蒼はやよいのことを意識していないと自分や周囲の人間に言い聞かせたいが故か、妙な態度を取り続けている。
不安なら不安だと正直に言えばいいし、やよいが心配なら心配だと包み隠さず素直にそう言えばいいのに、どうしてだかそれを隠そうとするから見ている側も苛立ってしまう。
その上、本人は隠しているつもりでも、周囲の人間の目から見れば一瞬でやよいのことを意識していることが丸わかりなのだから、それもそれで問題だ。
いまいち、蒼が何を考えて、どうしたいのかが判らない。なので、見ている側としても苛々してしまう。
かといって自分たちが何かを言ってしまえば余計に話がこじれそうなので、燈は出来る限り彼らの関係性について口を挟むことをしないでおくことにしている……のだが、ちょっとこれはこれで面倒な展開だと、流石の彼も思い始めていた。
「はぁ~……お前が心配する気持ちもわかるけどよ、やよいも武神刀はちゃんと持って行ってるんだろ? それに、どこからともなく苦無やらまきびしやらを取り出すあのやよいだぜ? 万が一にも心配する必要もないだろ」
「まあ、そうだとは僕も思ってるさ。ただ、どうして甘味を食べるだけでこんなに遅くなってるのかなって考えてるだけで――」
「その他にも行く場所があったからだろ? 別にやよいはお前の子供ってわけじゃあねえんだから、逐一どこに行って何をするかってのを報告する義理もないんだからよ。多少は帰りが遅くなったとしても、まだ十分に許容範囲の話じゃねえか」
「うん、そう、だね……」
歯切れ悪く、燈の意見に肯定の言葉を口にする蒼。
このやり取りも何度目だろうかと思いつつ、今の自分の言葉に納得しようとしているが、心のどこかで引っ掛かりを感じてもいるであろう親友の様子に本日何度目か判らない溜息を零す。
前々から恋愛に関しては厄介な思考回路をしているとは思っていたが、最近は特に重症だ。
宗正や桔梗からのお言葉が重圧となっているのかもしれないな……と、多少は蒼のことを不憫に思いながらも、結局は本人の気質の問題でもあるかと考え直した燈が、何とも言えない表情を浮かべながらぽりぽりと頬を掻いていると――
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