逆転し始めた関係性


 拗ねている……のではなく、結構本気で傷付いている雰囲気のやよいの言葉を受けた蒼が、僅かにたじろぐ。

 酔っぱらっているはずの彼女の口から飛び出した傷心気味の一言に戸惑い、罪悪感を抱き始めた彼へと、布団の中から顔を出したやよいが責めるような眼差しを向けながら更に言葉を続けた。


「普通の男の人ならさ、女の子がここまでしたら多少は揺らぐもんなんじゃないの? 今までは女の子への免疫がないからで納得出来てたけど、もうそんな感じじゃないじゃん。少なくとも、昔みたいに大慌てするようなことはなくなったじゃんか」


「それは、そうかもしれないけど……」


「じゃあやっぱり、蒼くんはあたしのことなんてどうだっていいんだ。こんなおいしい状況を見逃しちゃっても惜しくないって思える相手ってことなんでしょ?」


 ぷくっと頬を膨らませながらも、両の目を潤ませるやよい。

 酒の勢いもあるのだろうが、演技ではなく本当に傷付いているような彼女の反応に驚いた蒼は、どうにかして彼女の機嫌を直そうとああでもないこうでもないと頭を悩ませる。


「いや! やよいさんは本当に魅力的な女の子だと僕も思うよ? ただ、仲間に手を出すというのはどうかなって思うところでもあるし、団長と副長がそういう関係になるっていうのは他のみんなにも示しがつかないっていうか――」


「そういう風にぐだぐだ言い訳出来る時点であたしのことを意識してないってことなんだよ。ちょっとでもいいな~って思ってる女の子と二人っきりになって、相手が下着姿になってたりしたらさ、普通は我慢の糸がぷっつり切れて、がお~っ! って襲うもんでしょ?」


「い、一般的にはそうなのかもしれないけど、僕はそういう感じの人間じゃないんだよ。普通の男なら、やよいさんを放っておくはずがないって」


「あたしは世の中の一般男性の話をしてるんじゃなくて、蒼くんのことを話してるの。他の千人があたしに手を出すって言われたところで、蒼くんが手を出さないならなんの意味もないの。わかる?」


 大胆……というより、面倒な感じになってきたと、酔っ払ったやよいの相手をしながら蒼が思う。

 確かにここまでお膳立てしてをしたというのにも関わらず手を出されないというのは女としての沽券に関わるものがあるのだろうが、蒼的にはどうしたって今の彼女に手を出す気にはなれないのだ。


「なんだよ~! 性格でもお尻でも好きに開発すればいいじゃんか~! あたしよりも絵の女の方がいいっていうのか~!?」


「あの、落ち着いてよ、やよいさん。そもそもあの本は僕の物じゃ――」


「うっさい! ばーか、ばーーか! もう知らないもんね~! 一生童貞のまま、紙に描かれた女の子にはぁはぁしてればいいんだ! 蒼くんのへたれ、玉無し、ちんちん勃たず!」


「女の子がそんな言葉使うもんじゃありません! ……まったく、そもそも僕が酔った女の子に手を出すような不埒な男だと思ってるのかい?」


 そこまでコケにするかと僅かな怒りを覚えながら、ずずずと茶を啜る蒼。

 そもそもの自分の性格を理解しているやよいならば、酒の勢いで事に及ぼうとするだなんて真似はしないと理解出来るだろうに……と思いながらも、彼女が宗正の春画を自分の物だと勘違いしていたならば色々と誤解させてしまったかもしれないと、ちょっぴり罪悪感も抱きつつ、彼は言葉を続けた。


「別に君だけじゃないよ。椿さんでも、栞桜さんでも涼音さんでも同じ。誰が相手でも、僕は手を出したりなんかしません」


「……知ってるよ。でも、やっぱり悔しいものは悔しいじゃん」


「あのねぇ、やよいさんにも意地とか沽券があるってことはわかるよ。でも、僕も武士として守らなきゃいけない一線というものがある。酒に酔って前後不覚になった女の子に手を出すような真似は、武士どころか男の風上にもおけない奴がやる行為でしょ?」


「据え膳食わぬは男の恥、って言葉もあるけどね。いいよ、もう。わかったよ。どうせあたしには蒼くんを獣にしちゃうような魅力はありませんよ~だ」


「だから……っ! そうとは言ってないでしょ!? 誰も君に魅力がないとは言ってないじゃないか!」


 びくっ、と急に大声を出した蒼に対する怯えと驚きを入り混じらせ、やよいが体を震わせる。

 まん丸に見開いた両目で、どうしてだか不機嫌そうにしている彼のことを見つめる彼女へと、蒼もまた視線をくれながら吐き捨てるようにして言う。


「じゃあなにかい? 僕がこの状況で君に手を出すような男だった方が、やよいさん的には喜ばしいことだったってことなの? 仮に僕が君とそういう関係になったとして、初めてがこんななあなあの形で行われたものでいいと心から思える?」


「え、ええっと……!?」


 怒りを募らせ、声を荒げる蒼の言葉にどもり、返答に困るやよい。

 急に機嫌を悪くした彼が矢継ぎ早に投げかけてくる質問に対してなんと答えていいか判らずに困惑する彼女は、どうして蒼がこんなに怒りを露わにしているのかが理解出来ていなかった。


 そして、それはこうして彼女を詰る蒼本人にも判っていない。

 ふつふつと沸き上がってきた感情に任せ、やよいへと説教のような暴言のような言葉を投げかけながら、彼が思う。


 と……

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