蒼、気付く


「や、やよいさん? どうして君は下着姿になっているのかな……?」


「ん~? そんなの決まってるじゃ~ん! 蒼くんのお布団を人肌の温度で温めてあげてたんだよ~!」


 まるで狼が化けたお婆さんに質問する赤ずきんのような雰囲気の蒼へと、愉快極まりないといった様子で返事をするやよい。

 赤く染まった顔からは完全に酔いが回っている様子が見受けられ、そんな彼女と対面する蒼も困惑を隠し切れない様子だ。


 ……いや、今は自分の困惑などどうだっていい。そんなことよりも気にしなければならないことがある。

 下着姿のやよいが、自分の布団の中に包まって、自分と部屋の中で二人っきりでいるこの状況そのものだ。


 万が一にもこの状況で誰かが自分の部屋を訪れたら、盛大な誤解を招きかねない。

 一刻も早く、やよいに服を着せなければ……と、判断した蒼は、あまり大きな声を出さずに懇願するようにして彼女へと言った。


「あの、やよいさん? もしかしたら熱いのかもしれないけど、出来たら着物をきちんと着てくれるかな? 流石にこの状況はマズいでしょ?」


「お~? 何がマズいのさ~? 蒼くん的にはむしろおいしい状況でしょ~!? こんなに可愛い女の子が、自分からお膳立てしてやったんだぞ~!? ここまでして手を出したりしないっていうのか? このへたれ~!」


「うぐっ……!?」


 ぽこぽこと軽く握り締めた拳で自分を殴りながらやよいが口にした言葉に顔を顰める蒼。

 ぶーぶーという表現が相応しい様子で文句を垂れる彼女の言葉にはある意味での正しさはあるが、蒼がそれに乗っ取って行動出来る男ならば、もうとっくに童貞を卒業しているであろうことを忘れてはならない。


 彼がその気になれば、一秒とかからずやよいのことを美味しく召し上がれる状況ではあるが……大方の予想通り、強い理性でその感情を押し込んだ蒼は、大きな溜息を吐くと共に言い聞かせるようにして彼女へと説教の言葉をくれてやった。


「あのね、僕が酒に酔って前後不覚になった女の人を襲うような悪漢に見える? そんなことされてもその気になるどころか、むしろ絶対に手を出さないようにするに決まってるでしょ」


「……だから童貞なんだよ、へたれ」


「あーあー、聞こえなーい。ほら、早く着物を着なさい。そんな格好でいたら風邪ひくよ」


 都合の悪い暴言は右から左へと受け流して、ただ淡々とやよいを説教した蒼が布団の中に脱ぎ散らかされた彼女の着物を指差しながら言う。

 本当に手を出すつもりのなさそうな彼の態度と言葉にぷく~っと頬を膨らませたやよいは、拗ねたようにそっぽを向くと再び布団の中へと潜り込んでしまった。


「はぁ……酔いが覚めるまではそうしていてもいいけど、誤解されない内に状況を改善してよね。燈ならまだしも、師匠たちや栞桜さんに見られたら僕の命が危ういんだから」


「ぶ~……」


 布団に潜り込んだまま、文字通りの抗議の鳴き声を上げるやよい。

 そんな彼女のことをスルーしつつ、持って来たばかりのお茶と羊羹を一人で味わい始めた彼へと、布団に包まったままのやよいが言う。


「ホント、つまんない反応を見せるようになっちゃったね。昔はおっぱいを見せるだけで隙だらけになるくらいに大慌てしてたのにさ」


「何処かの誰かさんのお陰だよ。その子、お風呂に裸で入って来たり、事あるごとにお尻で突っ込みを入れてくるからね。流石の僕だって多少は女の子に慣れるさ」


「……それで、あんな春画に手を出すようになったんだね。こんなに可愛い女の子がすぐ近くにいるっていうのに、紙に描かれた女の子の方に欲情するだなんて、結構屈辱なんだけど」


「……え?」


 布団の中から自分に向けて発せられた言葉を耳にした蒼が、その違和感に気付いて眉を顰める。


 やよいの口振りから察するに、彼女はあの春画を自分の物だと思っているようだ。

 ということはつまり、解決したと思っていた勘違いも未だにそのままだということで、やよいは自分のことを春画を購入するような男だと思い込んだままだということになる。


 振り返ってみれば、お互いがきちんとそのことについて言及していなかったことに気が付いた蒼は、背筋に冷たい汗を流しながらごくりと息を飲んだ。

 事態が何も解決していないことを理解し、やよいが勘違いしたままである上に酒に酔った状態になっていると、むしろ悪化の一途を辿っていることにも気が付いてしまった彼がどうにかしてこの状況を打破しようと口を開こうとした瞬間、それよりも早くにやよいが言葉を発する。


「……あたし、そんなに魅力ない? ここまでしても、手出ししたくない女ってこと?」

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