一方その頃、兄弟子の方は……


 一方その頃、すったもんだの大騒ぎが行われている燈の部屋から、壁を一つ隔てた所にあるまた別の部屋。つまりは蒼の部屋でも、何かが起きそうな予感があった。


 台所へ行き、淹れたての熱い緑茶を入れた急須と二人分の湯飲み、そしてお茶請け用の芋羊羹を乗せたおぼんを手にして自室へと戻っていく蒼の表情は、とても朗らかなほくほく顔だ。


「いや~、椿さんのお陰でいいお菓子が手に入ったな。これならやよいさんも満足してくれるはずだよね」


 一つ悩み事が解決したと思い込んでいる彼は、心配事から解放された晴れやかな気分で浮かれているようだ。

 こんな時間に台所に居たこころの言動を不審に思わず、それどころか夜遅くまで大変だな~程度の認識しか持たかなかったことからも、今の蒼の浮つき具合が判るだろう。


 毎日、自分たちの生活の面倒を見てくれているこころには、本当に世話になっている。

 その気持ちを伝えるためにも、今度なにか美味しい甘味でも買ってお礼の言葉と一緒に贈るべきかと、いいお茶請けを用意してくれた彼女に感謝しつつ、蒼はやよいが待っているであろう部屋の襖を開けた。


「お待たせ。美味しい芋羊羹があったから、持って来た、よ……?」


 ばたん、と音を立てて襖を開いた蒼は、その先に広がっている光景がつい数分前と大きく変化していることに気が付き、目を丸くする。

 見開かれた視線の先には、自分が部屋を出る時までには敷かれていなかったはずの布団があった。


 やや乱雑に敷かれたその布団は盛り上がりを見せており、中に何か……というより、誰かが包まっていることは明らかだろう。

 部屋の中にいるはずのやよいの姿が見えないことから考えても、彼女は今、自分の布団の中に潜り込んでいるようだ。


「……なにしてるの? またなにかの悪戯?」


 ちょっとだけ変化していた部屋の光景に驚きつつも、すぐにこれは普段通りのやよいのからかいであろうと判断した蒼が呆れ半分の口調で彼女に聞く。

 しかして、どこか楽しそうな表情を浮かべつつ手にしていたおぼんを執務用の机に置き、改めてやよいが隠れる布団へと視線を向けた彼であったが……そこで、また別の違和感に気が付いた。


 勝手に敷かれた自分の布団のすぐ横、ちょっと意識して見れば即座に気が付くであろう場所に、何かが転がっている。

 小さな瓢箪、あるいは小瓶のようなそれを訝し気な表情で見つめ、恐る恐る近付いた後にそれを手にした蒼は……その容器の中から僅かに漂う臭いを嗅ぎ、顔を顰めた。


「これは、もしかして……!?」


 鼻孔を突く、やや刺激的なその香り。

 清涼感があるような、それでいて脳をくらくらとさせるようなパンチも併せ持っている臭いの正体が何であるか、彼はすぐに気が付いた。


 容器を逆さまにして、手の平の上に僅かに零れ落ちてきた液体を舐め取った蒼は、自身の考えが間違っていないことを理解する。


 苦く、キリッとしていて、果実の風味や甘ったるさがない口当たりの鋭い味。

 これは……だ。それも結構度が強めの、宗正が好んで飲むタイプのもの。


 どうしてこんな物が自分の部屋に……? と疑問を抱く蒼であったが、その答えにもすぐに思い至った。

 自分には部屋に酒を備蓄するような趣味はないし、こんな容器にも見覚えはない。

 ということはつまり、これはやよいがこっそりと部屋に持ち込んできたものだということだ。


 いったいどうして彼女はそんな真似をしたのか? 流石にその理由までは蒼には判らなかったのだが……彼は今、それよりも大事なある情報を思い出していた。


「ま、マズい……! 確か、彼女は……!?」


 以前、飲み会で露わになったやよいの悪癖にして、桔梗が彼女に決して酒を飲ませようとしない理由。

 そうだ、やよいは酒を飲むと――


「あ~! 蒼くんら~!! 待ってたよ~んっ!」


「うぐっ……!?」


 ――その瞬間を見計らったかのように、ばさりと布団が捲り上げられ、中に潜んでいたやよいが姿を現す。

 明らかに呂律が回っていない口調で声をかけてきた彼女の姿を見た瞬間、蒼の口からは何とも言えない呻きが漏れた。


「にゃはははははっ! なんだかとってもいい気分~!! 今日は楽しい夜になりそうですにゃ~!」


 陽気に笑い、ぱちぱちと手を叩きながら布団の上で転がるやよい。

 酒に酔い、悪癖であるを発動した彼女は今、ものの見事に下着だけの姿になっていた。

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