それは奇跡的な勘違いの結果

「ぶふぅっ!?」


 予想外も予想外、信じられない質問がやよいの口から発せられる。

 それは正に自分が彼女に聞きたかったことであり、相談したかったことそのものであり、それを逆に彼女から問いかけられた栞桜は、大いに噴き出すと共に驚愕の色に染まった顔を親友へと向けた。


「お、お前、な、何を……!?」


「……まあ、栞桜ちゃんはこういう話題に滅法向いてないとは思うんだけどね。相談しやすい人間っていったら、やっぱり栞桜ちゃんだし」


「しゅ、春画……自分に似た女が描かれている、春画だと……!?」


「うん。それも滅茶苦茶変態さんみたいな内容というか、ちょっと引くくらいのヤバい題材の奴だったとしたら、栞桜ちゃんはどう思う?」


「ど、どう思うと言われても……」


 やよいから何ともいえない眼差しを向けられた栞桜は、動揺する心臓をばくつかせながらごくりと息を飲んだ。

 予想だもしていなかった方向から刀の打ち込みを受けたような、そんな緊急事態に拳を握り締めた彼女は、同時にある疑念を抱く。


(まさか……知っているのか、こいつ!? 私が、燈の部屋から、あいつの春画を押収したことを……!?)


 自分によく似た女性が描かれている、内容が変態的でヤバい春画。

 それはまさしく、栞桜が燈の部屋から盗み出してしまったあの本にぴたりと当て嵌まってしまっている。


 もしや、やよいは自分が何をしでかして、何を悩んでいるのかを理解した上でこの話題を切り出したのでは……という疑念を抱いてしまった栞桜は、質問を投げかけているというよりも何かを確かめるような瞳をしている彼女の姿を見て、段々とその想いを強めていった。


(ま、間違いない……! 知っている。どうしてだかわからないが、やよいは私と燈の秘密を知っている!!)


 一度そう思ってしまったら、もうそうとしか思えないのが栞桜という少女の性分だ。

 目の前の親友は自分のしたことを知っていて、その上で話を切り出したのだと、そう思い込んでしまったら想像は止まらない。


 やよいは諜報能力が高いし、人間観察の力も秀でている。それに、自分たちの中では最もそういった卑猥な話に関しての理解がある女性だ。

 もしかしたら、なにかしらの方法で自分が燈の部屋から春画を盗ったことを知ったのかもしれない。あるいは、燈本人から春画がなくなったことを聞かされて、その上で様子のおかしい自分の姿を見て、ぴんと来たのかもしれない。


 そうやって考えを深めれば深めるほど、栞桜にはやよいが自分の事情を知った上でこの話を切り出したとしか思えなかったのだが……真実は、そんな彼女の想像とは裏腹に、もっと単純で簡単なことであった。


(いや~、やっぱ栞桜ちゃんにこんな話をしても驚くだけだよね……。でも、おばば様にこれを切り出すのは気が引けるしなぁ……)


 それが、やよいが心の中で抱いている思いであった。

 純粋に、単純に……彼女は、自分の境遇を栞桜に相談しているだけなのだ。


 蒼の部屋で彼の物と思わしき春画を発見し、その中身を覗いてしまった彼女は、自分のキャパシティを超えたその内容と状況に動揺が収まらないでいる。

 しかもその後、蒼に春画が発見されたことがバレ、その上で彼に部屋に呼び出されているのだ。


 今夜、自分がどうなるかなんていうのは、耳年増な彼女でなくたって想像がつく。

 しかして、攻める時は強いが受けに回るとヘタれてしまう彼女は、どうにかその弱さを振り切ろうと親友からの助言を求めて、色恋や男性の欲とは程遠いとは理解していながらも、栞桜にこの話を切り出したのである。


 当然ながら、やよいも栞桜同様に現在は普通の精神状態ではない。

 動揺に動揺を重ねた、実に乱れた心模様だ。


 つまりは普段の彼女が有している優れた人間観察能力や人の感情の機敏を察知する能力は完全に失われているわけで……今の栞桜の様子がおかしいことにもまるで気が付いていない。

 いや、正確には気が付いているのかもしれないが、それは自分が突拍子もない話題を切り出したせいであると考えているので、気にしていないという方が正しいだろう。


 とまあ、そんな風に考えている両者の現在の頭の中を覗くのならば、こんな感じである。


(や、やよいの奴、この機に乗じて私に何かを説教するつもりか? あるいは、相談という体を装ってこの問題に対する助言をする心積もりなのか……?)


(栞桜ちゃんにこんな話をするのは間違ってるかもだけど、蒼くんの部屋に行く前にきちんと覚悟は決めておきたいからなあ……妙な話をしてごめんね、栞桜ちゃん)


 双方共に、この話題に関しての主役は自分だと考えている。

 栞桜はこの話題は自分の状況にぴったりと当て嵌まっていることから、どうにかして自分の事情を知ったやよいが助言か説教をしようとしているものだと思っているのに対し、やよいの方は親友に完全に自分の話を聞いてほしいだけの単純な思惑からこの話を切り出しただけだ。


 完全に……お互いがこの話題について誤解してしまっている。

 しかし、奇跡的な状況によって均衡を崩さずにいる二人は、その勘違いを抱えたまま、この話題についての話を進めていくのであった。


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