一人悶々としている栞桜の場合
「むぐ、ぬっ、ぐぬぬぬぬぬ……っ」
師匠たちが大騒ぎを繰り広げ、涼音が嬉々として届いた春画を燈の部屋の至る所に隠している頃、栞桜もまた自室で騒動の火種となっている春画とにらめっこをしていた。
堅物で初心である彼女は、もう二度と押収して(盗んだと言った方が正しい)きたそれの中身を読もうとは思わないのだが、一度見てしまった卑猥な絵が脳裏に焼き付いて離れないでいる。
勝負に負け、辱めを受け、悔しそうに涙を流す女剣士の艶姿。
全裸に剥かれた彼女の姿を思い返すと、どうしてだか背中にぞくぞくとした震えが走ってしまう。
よもや、事故とはいえこの自分が春画というものを目にするだなんて。
しかも、その中身がこんなに暴力的かつ変態性の強いものになってしまうだなんて……と、なんだかよく判らない思いを抱きながらかれこれ十分以上は表紙から目を離せずにいる栞桜は、ごくりと息を飲むと再び思考を深めていった。
(こ、この本を、燈が……!! あの燈が、このような本を……!!)
女性への免疫はないが、基本的に普通に普通な性癖を有している男であると思っていた燈が、こんな女性に酷いことをする本を所持していた。
怒鳴り付けてやりたいところだが、これはあくまで創作の物語の中の話であるし、そもそもそんなことをしては自分がこの本を燈の部屋から盗ってきてしまったことがバレてしまう。
女性と同居する家の中にこんな卑猥な本を持ち込んだということで燈の罪が一つ加算されるとするのなら、自分の場合は盗み見と盗難の二つということで彼よりも数も質も悪い罪を重ねていることになる。
それこそ、その口が言うかと彼に反論されることも十分にあり得るわけで……そもそも、こういった繊細な部分にずかずかと踏み込むことは普通に考えて
しかして、やっぱりそんなことは認めたくないし、そもそもこんな本を燈が所持していたという現実からも目を逸らしたいし……と、悶々とした気持ちを抱えたまま悩み続けた栞桜は、結局は最も苦悩している部分へと思考を巡り巡らせて戻ってきてしまっていた。
(やはりこれは、私なのか? 私を想って、燈は自分を慰めているのか……!?)
こういう本にも男の情欲にも詳しくはないが、やはり本だけで自らを慰めるというのは悲しいもの。
おそらくは周囲の女性を餌に、この本の内容を当て嵌めて妄想を膨らませているのだろう。
そうなった場合、この本の内容に相応しいのは……十中八九、自分だ。
こころは剣士ではないし、万が一にも燈が彼女にこんな暴力的な欲情を抱いていたとしたらそれはそれで問題だ。
涼音の場合は胸と尻が足りない。この本に出てくる女剣士はもっと男好きのする体形であるし、そういった趣味嗜好の差は重要だとやよいが言っていたような気がする。
一瞬、そのやよいをネタにしている可能性も考えたが……兄弟子であり親友である蒼との本気の殺し合いに発展しかねない愚行を燈が犯すはずがないだろうと、その考えも即座に掻き消した。
残る可能性的にも、春画の題材である女剣士の性格や容姿から考えても、ぴったりと当て嵌まるのは自分しかいない。
ということはつまり、燈は自分を屈服させて、手籠めにしてやりたいという欲望を抱いているということであって、自分の痴態を想いながら自らを――
「ぐっ、ぐぬおおおおっ!?」
――と、そこまで考えたところで気恥ずかしさに負けた栞桜は、悶絶しながら部屋の床を転げ回った。
これ以上考えていたら頭がおかしくなってしまいそうだ。というより、むしろ既になってしまっているのかもしれない。
以前ならばそんな不埒な考えを持つ男がいたとしたら、言語道断とばかりに即座に斬り捨てに行く所存であった栞桜だが、仲間たちの出会いと生まれて初めての恋によって、幾ばくか丸くなった彼女はこういう場合の正しい反応について、彼女なりに一生懸命に考えているようだ。
……まあ、それも全部無駄な努力というか、杞憂というやつなのではあるが。
「駄目だ、わからん……正解は、正解はなんなんだ……?」
そもそも自分が燈の部屋からこの本を盗んでしまった時点で最善策である『何も見なかったことにする』が実行不可能になったので、それが問題だったような気がする。
しかし、既にやってしまったものは仕方がない。頭を切り替えて、次善策を練るべきだ。
だが、色恋に疎い上に決して柔軟ではない自分の頭では、いい案など浮かぶはずもない。
ああでもない、こうでもないと延々と頭を悩ませ続けた栞桜は、そこで頼りになる親友の顔を思い浮かべるとぽんと手を叩いた。
「そうだ、やよいの奴に相談しよう、そうしよう!!」
頭の回転が速く、こういった事情に理解があり、なにより最も自分が信用している人間といっても過言ではないやよいならば、この問題への解決策も見い出してくれるはずだ。
このまま自分一人で悩み続けていても絶対に答えなど出せるはずもないのだ。ここは、恥を忍んで誰かの力を借りるべきだろう。
「やよいは……部屋にいるか? あるいは風呂に入ってる最中か……?」
春画を人目に付かない場所に押し込んだ後、栞桜はやよいを探しに心当たりのある場所を片っ端から回っていった。
その際、なんだか屋敷の奥の方が騒がしいなと思ったが、今はそれよりも優先すべき事項がある彼女にはそんなことを気にしている暇はなく、ただひたすらに親友を探していったそうな。
そして、露天風呂に続く脱衣所に彼女の衣服があることに気が付いた栞桜は、他に誰の姿もないことを確認してから、相談を行うべく自身も露天風呂へと足を踏み入れた。
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