彼女は大切なものを破壊していきました
「……こそこそっと、潜入。室内、確認……」
燈の部屋の方向から自室へと慌ただしく駆けていったこころの姿を目撃した涼音の判断は素早かった。
こころが慌てた原因は燈の部屋にあると女の勘で気が付いた彼女は、そのまま何の迷いもなく自らも部屋へ乗り込み、内部を観察。
即座に床に落ちている本を発見し、その内の一冊を手にした。
「……本? 中身は……?」
他人のプライバシーなど欠片も気にするはずがない涼音が、こころ同様にその本を捲り、中を読む。
初っ端からど真ん中のページを開いてしまった彼女は、そこに描かれていた豊満な女性の肢体を目にして、一瞬だけその眼を細めた。
「……ほう? これが、噂の……」
春画、その存在と名前は涼音も耳にしている。
男性の欲を見たし、女性への憧れを強める禁断の書籍との話であったが……実際にその内容を確認するのはこれが初めてだ。
もしかしたら、嵐が生きていて、成長を重ねていたら、こんなものを読む日が訪れていたのかもしれない。
そんな全く嬉しさを感じない未来を想像した涼音が、ぺらぺらと無表情のままその春画を読み進め、息を吐く。
「これが、燈の趣味……把握」
手にしている春画の題名は『豊満女子艶姿乱舞』。その名を確認した涼音の目が、またしても一瞬だけ細まる。
こころの時同様、中身については言及することを避けるが……まあ、タイトル通りというか、一言でいうならば涼音と真逆の容姿をした女性の痴態を描いたものだと思ってくれればそれでいい。
この春画の真の持ち主である宗正にとって、大のお気に入りである一冊であるその本を再び開き、そこに描かれている大きな乳と尻をした女性の姿をじっと見つめた涼音は……何の前触れもなく、その本を中央から真っ二つに引き裂いてみせた。
「ふんっ、えいっ、やぁ……」
びりっ! という子気味のよい音が響いて、無残にも女性の裸が描かれた頁が引き千切られる。
そのまま、更に半分にして四つ折りサイズに、そこから更に斬り裂き、最後には気力で起こした風で紙屑となったそれを窓の外へと吹き飛ばした涼音は、一仕事を終えたという表情で頷きながら口を開く。
「これは、うっかり。手が滑って、燈の大切な本を破ってしまった。急いで、代用品を買ってこなくては……」
ついうっかりというには随分と確信的な動きを見せていたじゃないかという突っ込みを入れる者はこの場には存在していない。
よしんば存在していたとしても、それを口にする前に涼音に斬り捨てられるのがオチである。
というわけで、うっかりという建前の下で春画を破り捨てた涼音は、その代わりとなる本を購入すべく街に出かけることにしたようだ。
ふむふむと頷きながら部屋から出て、多少の怒気を感じさせる雰囲気を放つ彼女は、さも当然といった様子で購入する本についての吟味を行う。
「さて、どんな本を買うべきか? やはり破いたのと同じ本か、似たようなものを買うべき。確か、あれは……すらりとした細身の女性を描いた春画だった、はず……」
明らかに内容を覚えていて、それとは敢えて真逆の内容を口にしているとしか思えない涼音が自分で出した結論に自分で納得する。
どこからどう考えても、彼女が燈の性癖を改変しようとしていることは明らかなのではあるが……それを突っ込む者は何処にも存在していないのだから、彼女を止められるはずがなかった。
「……胸と尻が大きいだけの女に、敗けてなるものかよ……!! こころならまだしも、あの猛牛娘にだけは敗けたくない……!!」
明確な個人に対する恨み節を口にした涼音は、無表情ながらも妬みのオーラを全身から放ち続けている。
その気に当てられたのか、からくり人形たちががちゃがちゃと不穏な音を鳴らしながら仕事をする中央を突っ切り、彼女は燈の性癖を矯正する春画を買いに昇陽の街へと出かけていった。
そして、その数分後……涼音が憎しみと恨みをぶつける猛牛娘が、彼女が出ていったばかりの燈の部屋を訪れることとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます