師匠からの本気のお願い

「あっ、へぇ~……! 燈の世界ではそんな風に呼ぶんか。また一つ賢くなったの~!!」


「……感心してる場合じゃないですよ、師匠。っていうか、あなた僕たちの祝宴にも碌にお金を出さなかった癖に、春画を買うだけの金はあったんですね」


「うぐっ! ゆ、許してくれ、蒼、燈……!! お前たち童貞にはわからんだろうが、男には時として欲に逆らえん時というものがあるもんなんだ……」


「よっしゃ、今日の訓練に行くか。手合わせ頼むぜ、蒼」


「そうだね。女を知らない僕たちは、馬鹿真面目に修行に勤しむとしようか」


「待って! わしが悪かった!! お前たちにしか頼めないことがあるんじゃよ~~!!」


 宗正の趣味に、言動に呆れ果てた二人が馬鹿な師匠を放って部屋から出ようとすれば、それに待ったをかけるかのように宗正が両名の脚にしがみ付いてきた。

 大の大人である宗正のあまりにも情けない姿に大きな溜息を吐いた燈と蒼は、若干の嫌な予感を覚えながらも彼の頼みというものを聞いてやる。


「で? なんなんですか、その頼みっていうのは?」


「う、うむ! 実を言うとな、桔梗の奴がもうじきこの部屋に来ることになっておるんじゃ。目的は話す必要はなかろう?」


「師匠の集めた春画の見分と処分でしょうね」


「正解! このままではわしのお宝が桔梗に焼き捨てられることは必至! それは致し方ないと思っていても、どうしたって諦められぬものもある! というわけで、だな……お前たちには、わしの秘蔵のお宝春画を匿ってもらいたい!」


「は? はぁぁぁぁっ!?」


 突然の申し出に素っ頓狂な叫びを上げた燈が、信じられないといった表情を浮かべて宗正を見やる。

 まさか、今時高校生でもやらないようなエロ本の隠し方を、いい年を通り越して老人まで足を突っ込んでいる宗正がやろうとするとは……と、呆れると同時に、燈はこれが自分たちの師匠なのかと若干の物悲しさを感じてしまっていた。


「師匠……あの、本当に僕たちを巻き込むのは止めてくれません? 気持ちはわか……いややっぱりわからないですけど、それがろくでもない頼みだってのは重々に理解出来ますんで……」


「そこをなんとか! この老いぼれの数少ない宝なんじゃよ!! 世話になった師匠を助けると思って! な? なっ!?」


 弟子である二人に土下座までして、春画を預かってもらえるよう頼み込む宗正。

 こんなでも恩がある人物でもあるし、父のように慕っている相手でもある彼の必死の懇願を受けた燈と蒼は、互いに顔を見合わせた後に、大きく溜息を吐いてから返事を口にする。


「……ちょっとの間だけですからね。それと、そんなに多くの量は預かりませんから」


「バレても俺たちのせいにしないでくださいよ。あと、桔梗さんにどやされそうになったら余裕で寝返りますからね」


「蒼、燈……!! ありがとう! わしは本当に良き弟子を持った……!!」


 涙ながらに自分たちへの感謝を告げる宗正であったが、弟子である二人はこんなことで感涙されてもな~、という白けた気分で彼を見つめていた。

 やがて、感激をひと段落させた宗正は、ごそごそと背後にある棚を弄ると、その奥から大きめの箱を取り出し、その中身を二人に見せつけながら、言う。


「取り合えず、一人につき二、三十冊ほど預かってもらえんか? それだけあればわし秘蔵のお宝は全部隠し切れ……」


「却下! 調子に乗らないでください、師匠!!」


「そんだけの量を隠し切れるわけないでしょう!? せめて、二、三冊に絞ってくださいよ!」


「うぐおぉぉぉ……!? 一人につき三冊、合計六冊までだと……!? なんと過酷な難題だ……!!」


 過去、類を見ない程に頭を悩ませ、自分のお宝の中から極撰の一品を見出そうとする宗正。

 そんな彼の姿にうんざりとした溜息を吐いた二人は、呆れ半分の口調で互いに声をかける。


「なあ、俺たちの師匠って、もしかして他の二人と比べるととんでもない問題児なんじゃねえか?」


「十年近くこの人の弟子をやってるけど、今ほどその意見に首を頷きたくなった瞬間はないよ……」


 自分たちの数倍は歳を取っている大人が、エロ本を前にして必死に頭を捻っている。

 その光景の情けなさもさることながら、その大人が自分たちの師匠であることを認めたくない燈と蒼は、思いっきり脱力したように息を吐き、諦めの感情を込めた笑みを浮かべるのであった。

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