幕間の物語~とある絵巻たちによる騒動と、その被害の記録~

泣きついてきた師匠


「うお~いおいおい! 蒼、燈~! わしの話を聞いてくれ~!!」


「……はぁ。なんですか、師匠?」


「またしょ~もない話っすか?」


 ある日の昼下がり、宗正は蒼と燈に泣きついていた。

 確認しておくがこの表記に間違いはない。師匠が、弟子たちに、泣き付いているのだ。


 いきなり呼び出されたかと思えば明らかにろくでもない頼みをしてきそうな宗正の様子に溜息を吐く二人であったが、そこは大恩ある師匠が相手、無下に扱うのも忍びない。

 ということで、渋々彼の話を聞くことにした燈と蒼であったが、そんな彼らに対して宗正が口にした話は、想像の斜め下をいくくだらないものであった。


「実はな、昨晩に桔梗の奴に呼び出されて、ちょっとした説教をくらったんじゃ。奴が言うには、人の家に居候しておいて金も払わず働きもせず、好き勝手に食っちゃ寝するのが大人としての態度かと、そういうお説教をばちこり長々と聞かされてな……」


「正論ですね。僕たちもそうですが、百元さんもきちんと家賃や生活費としてある程度のお金を桔梗さんに渡してますよ。能天気に仕事もせず、ただ飯を食らってるのは師匠だけです」


「まあ、その分俺たちが多めに金を払ってますけど……弟子として肩身が狭くなるような真似は止めてもらえません?」


「ひどい! いつからお前たちはそんな冷たい人間になった!?」


「師匠、これは常識というものです。僕たちが冷たいんじゃなくって、師匠の方が人間としての礼節を満たせていないんですよ」


 いい年しておいて子供である自分たちに泣きつく宗正を一刀両断に斬り捨てた蒼が淡々と事実だけを述べる。

 その正しさに何も言えなくなった師が俯く中、燈は話の続きを彼に促した。


「それで? 家賃を払うために仕事を探すつもりにでもなったんですか? 言っておきますけど、俺たちは仕事の紹介なんて出来ないっすよ?」


「……いや、そうではない。それより性急に解決せねばならん、重大な問題がある」


 燈からの言葉に気を取り直した宗正が、真剣な表情を弟子たちに向ける。

 そのただならぬ雰囲気に背筋を伸ばした燈と蒼が師匠の話に耳を傾ける中、重々しい雰囲気を放ちながら、宗正が今回の話の肝を語り始めた。


「何を隠そう、桔梗がわしに説教をしたのにも理由がある。実は、屋敷の掃除を担当しておるからくり人形が、わし秘蔵の収集物を見つけたことがきっかけでな……家賃も払わぬ癖に趣味の物を集めるなど言語道断だと、それで奴は怒り狂ったようじゃ」


「まあ、妥当な話っすよね。ちなみにそれって、金のかかる代物なんですか?」


「いや、左程金がかかるわけではないのだが……何しろ数を多く集め過ぎた。からくりからその報告を受けた桔梗も流石に我慢の限界というわけで、それらを一切合切捨てるなり売り飛ばすなりして処分しろと激高したというわけだ」


「当然の話の流れなんですが……っていうか、師匠はそもそも何を集めてたんです?」


 とても真面目な雰囲気で、当然の流れとしか思えない話をする宗正に対して、呆れ始めた蒼が根幹となる質問を投げかける。

 その問いに対してじっくりたっぷりと時間をかけ、間を開けた宗正は……咳払いをしてから、答えを口にした。


「うん、まあ、その……、かなぁ……?」


「……はい? 春画? 春画ですと? はぁぁぁぁ……師匠、あなたって人は本当に……!!」


「え? な、なに? 春画? え、どういうこと?」


 その答えを聞いた弟子たちの反応としては、心の底から呆れている蒼と何がなんだか判らないといった感じの燈という、見事に両極端に分かれたものであった。


 聞き覚えのない春画という単語に対して首を傾げる燈であったが、蒼の反応からするとそれがろくでもないものであることが判る。

 怒りではなく呆れ、ということから察するに法に触れるような代物ではないことは間違いないのであろうが、蒼をここまで呆れさせる宗正の趣味の正体とはいったい……? と困惑する彼に向け、兄弟子が言葉を選びながら解説をしてくれた。


「いいかい、燈。春画っていうのは、その、なんというか……女性の卑猥な姿を記した本というか、男の欲を満たすための絵巻というか、ね……」


「ん? んんっ? え? じゃあなにか? その春画っていうのは、平たく言うと――」


 やや顔を赤らめ、遠回しな表現を用いて説明を行う蒼の様子と言葉から全てを察した燈が表情を引き攣らせながら口を開く。

 これは確かに蒼も呆れるし、桔梗も怒り狂うだろうなと思いながら、宗正の方を見た彼は、春画の正体を確認するようにして、自分自身の世界で通っているその名前を述べた。


……って、ことっすか?」

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