三度目の提案


 そうやって飲んで食っての大騒ぎを続け、存分に祝宴を楽しむ一同。

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、気が付けば時刻は深夜と呼べる時間帯に突入していた。


 この頃になると、酔いが回って普段とは違う姿を見せる者も現れる。

 その代表格である宗正は、おいおいと涙しながら二人の弟子の肩を抱き、彼らを褒めちぎっていた。


「そ~う! あかり~! お前たちが立派になってくれて、わしは本当に嬉しいぞ! この宗正に伴侶はないが、お前たちは確かに我が子! その活躍を間近で見ることが出来るとは、師匠冥利に尽きるという奴じゃな!!」


「師匠、感激してくれるのは嬉しいんすけど、その話何回目っすか? かれこれ五回は聞いてると思うんすけど……」


「師匠は酔うと同じ話を繰り返すんだよ。その上、泣き上戸。面倒を見る立場の僕が酒に強くなった理由もこれで理解出来ただろう?」


「ああ、うん……」


 確かにこうなった宗正を放置したら地獄だなと思いつつ、蒼の言葉に頷く燈。

 こうして暑苦しく絡まれるのは困ってしまうが、宗正から寄せられる親愛そのものには悪い気分はしていない。


 まだ出会って一年も経っていないが、宗正は死にかけていた自分を助け、剣士としてのいろはを叩き込んでくれた師匠にして、この大和国で出会ったもう一人の親と呼べる存在といっても過言ではないだろう。

 そんな彼が、ここまで涙して自分たちの活躍を喜んでくれる姿を見れば、亡くなってしまった両親には出来なかった親孝行をしている気分になれる。


 上手く言えないが、そんな気分も悪くないと……酒の力もあってそう考えながら小さく笑みを浮かべていた燈であったが――


「後は女! 女だな! お前たち二人とも、いつまで童貞貫いてるつもりだ!?」


「ぶほぉっっ!?」


 ――そんないい気分を台無しにする宗正の一言に、飲んでいた白湯を噴き出してしまった。


 ちょっと人が感激したらこれだと、自分と同じく師匠の突拍子もない一言に抗議の眼差しを向ける蒼の呆れた表情を目にしながら、咽込んで荒れた呼吸を整えようと大きく息を吸う燈。

 が、しかし、飲み会という妙な雰囲気は、被害者である彼ら二人にとって予想外の展開を作り上げていく。


「……まあ、確かにそうかもね。君たちもそろそろ、そういうことを経験しておくべきなんじゃないかな」


「びゃ、百元さんっ!? 急にどうしたんすか!?」


 意外……というより、天変地異レベルの衝撃が燈を襲う。

 何と、こういった話にはとんと疎そうな百元が、宗正の言葉を支持してみせたのだ。


 何を馬鹿なと宗正の言葉を一蹴しそうな百元が、誰よりも早くに理解のある姿を見せた。

 その衝撃に眼を見開き、真意を伺う燈と蒼へと、急に大笑いしだした宗正が言う。


「がははははっ! そうだな! お前は女に騙されて痛い目に遭っているからな!! そう言う他あるまいて!」


「えっ……? せ、先生、過去に何かあったん、です、か……?」


「……宗正、あまり人の言いたくない過去を勝手に喋るものじゃないよ。誤解を招くじゃないか」


「ふふっ。誤解もなにも、お前さんが女に騙されたのは本当の話だろう? 坊やたちの教訓にするために、お前の口から話してやったらどうだい?」


「桔梗、君までそんなことを……」


 バラされたくない過去を弟子たちの前でバラされた上に、旧友二人がそのことを弄ってからかう状況に百元が渋い表情を浮かべる。

 愛弟子である涼音が興味津々といった眼差しを向けてくることに若干の息苦しさを感じながら、彼は手を振って自分に都合の悪いこの状況を切り替えるべく話を進めていった。


「僕のことはいいじゃないか。今は、蒼くんと燈くんのことだろう? 宗正のように遊びまわるのも問題だが、僕のように若い頃に女性との関わりを一切持たないというのもそれはそれで問題だと、実体験から忠告させてもらうよ」


「まあ、確かにねえ……あんたらは本当に両極端な奴らだったよ。お陰で間にいる私がどれだけ迷惑を被ったか……」


「な、なんかすいません。うちの師匠が、ご迷惑をお掛けして……」


 過去の騒動を思い返した桔梗が深々とした溜息を吐く様に、ついつい謝罪の言葉を口にしてしまう蒼。

 そんな彼へと視線を返した桔梗は、ふぅんと唸った後でこう話を切り出した。


「宗正も馬鹿なこと言ってるように見えるけどね、こいつもこいつで失敗を重ねた過去があるからこそ坊やたちに忠告してるんだよ。あんたたちはこれからもっと活躍の場を広げていくだろうし、そうなったら女なんて掃いて捨てるほどやって来る。その全員からちやほやされていい気になって、とんでもない落とし穴に落っこちることだってあるんだからね……」


「うわ。なんかおばば様、その光景を間近で見たような口ぶりだね」


「察しな、やよい。男ってのは大概が馬鹿なものなんだよ……」


 おそらく、誰よりも自分たちの弱みを握っているであろう桔梗のその言葉に、宗正と百元がばつの悪そうな表情を浮かべて俯く。

 いったいこの二人、どれだけの問題を引き起こしたのか……? と弟子たちが興味と恐怖を半々にした感情を抱く中、今度は宗正が突き刺さる過去の痛みを振り払うようにして話を進める一言を発した。


「とにかくだ! 女関連で痛い目を見たくなければ、早いことその免疫をつけておけ! 具体的に言えば、そろそろ本気で童貞を捨てることを考えろ! 何だったら、初仕事を終えた祝いとして、わしが遊郭に連れて行ってやっても……」


「宗正! ……それ以上は止めときな。坊やたちにも心の準備ってものがあるだろう?」


 宗正の三度目の提案に対して、桔梗が制止の言葉を述べた。

 言葉では燈たちを気遣ったように思えるが、その実は燈を遊郭に連れていかれると都合の悪い三人娘からの剣呑な雰囲気を感じ取ったが故の発言である。


「う、うむ、そうだな……あ、焦るのもよくないな、うん」


 同じく、自分に向けて突き刺さる鋭い三つの殺気を感じ取った宗正もまた、ガクブルと震えながらその言葉の同意した。


 少なくとも、これから弟子に女遊びを提案する時は、この三人が居ない時にしよう……と、心の中で彼が決意する中、にゃははと愉快気に笑ったやよいが新たな話題の口火を切る。


「じゃあさ、考え方を変えてみようよ。蒼くんと燈くんは、どんな女の子が好みなわけ?」


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