燈の好み(性格編)
「女の好みぃ? んなもん、今まで考えたことなかったからなぁ……」
「だから今、考えてみようって話になってるんじゃん。このままだと色々と不利益が出そうだし、その辺のところをはっきりさせたいんだよね」
「不利益って……僕たちの女性の好みがわからなくて、どんな不利益が出るっていうのさ?」
流石に興味本位での質問だろうと、やよいの言葉を振り払おうとする蒼。
しかし、結構真面目な顔をした彼女はその質問に対して、こう反論を述べた。
「いや、だってさ。おばば様もさっき言った通り、蒼くんも燈くんも女の子をより取り見取りの中から選べる立場になるわけじゃん? そんな立場の二人が、揃って童貞ってことになったら……良くない噂が立つと思うんだよね」
「良くない噂って、なにさ?」
「……蒼天武士団の蒼と虎藤燈は、男色の気があって付き合ってる、とかかな」
「ぶふっ……!?」
予想の斜め上を行くやよいの発言に再び白湯を噴き出す燈。
彼女の言葉を聞いた他の面々もそれぞれの反応を見せるも、その中でも師匠組の三人は大真面目に頷きを見せていた。
「坊やたち、これは本当にふざけた話じゃないよ。やよいの言っていることは、十分にあり得る範囲の話さ」
「いきなり名を上げた君たちのことを良く思わない者もいるだろう。そういった人間は、さも真実を話すかのように確証のない噂を流布するものさ」
「お前たち自身の友情を穢さないためにも、相応の振る舞いってもんは必要だろう? お前たち自身が相手を思い遣っているなら、猶更の話だ」
「う~ん……まあ、そうっすけど……」
燈は蒼に全幅の信頼を置いているし、蒼もまた燈と同じく燈を信じてくれているだろう。
自分たちの関係は親友や相棒という表現がぴったりのものあり、それを同性との恋愛だと思われるのは心外だ。
だがまあ確かに、周囲をこころややよいのような魅力的な少女たちに囲まれている自分たちに浮ついた噂の一つもないとくれば、周囲の人間が誤解する気持ちも判ってしまう。
それが悪評へと繋がり、武士団としての活動に悪影響を及ぼしたら……と考えると、今のうちに手を打っておいた方が良いかもしれないという思いも沸いてくる。
「あたしたちとしても、二人が女の子の方が好きって確認しておきたい気持ちがあるんだよね。別に信用してないわけじゃないよ? でもほら、念のためってことでさ……」
「まあ、わかったよ。つっても、マジで女の好みとか考えたことねえしな~……」
虎藤燈、齢十六、ないし十七歳。
恐ろし気な風貌と性格、さらには不良としてのよろしくない噂が相まって、これまで女性との関わりがなかった男。
普通の男子ならば修学旅行の夜やら日常の他愛もない会話の中で好みの女性の話をしたりするものだが、彼にはそんな経験すらない。
正真正銘、恋愛というものに大した興味も持たずに生きてきた彼にとって、この問題は結構な難題だったりする。
「う~ん……あんまぎゃーぎゃー騒いだり、我がまま言ったりしない女……とかか?」
「つまり、燈の好みは物静かで一歩下がってついて来る感じの女の子、ってことね?」
「ああ、いや、どうなんだろ? これは好みっていうより、望む条件みたいなもんだしなぁ……」
取り合えずひり出した最低条件のようなものを口に出してみれば、早速食いついてきた涼音が確認の質問を投げかけてみた。
思ったよりもノリノリな彼女の様子に困惑しつつも、好意を寄せてくれている相手ならば気になる話題であるだろうと燈が理解を示す中、三人娘がそれぞれの反応を見せる。
「物静かで、我がまま言わない……当て嵌ってる、ヨシ!」
出された条件を再確認し、自分がぴったりと当て嵌まっていることを確信した涼音が妙なポーズを取りながら言う。
その隣で不安そうな表情を浮かべているこころであったが、自分もまたその条件から大きく逸脱しているわけではないと言い聞かせ、精神の安定を図ろうとしていた。
そして、こういったことに最も疎く、初心な栞桜は、先の条件を噛み締めると遠い目をして窓の外の夜空を見上げている。
「騒がしくて、我が強い発言ばかり……ふ、はは、終わった……」
清々しいまでに自分の性格と真逆の条件を出されたことに自嘲気味な笑みを浮かべて声を漏らす栞桜。
完全に自分だけが燈の嗜好から外れていると、そんな絶望的な気分に浸りながら死んだ笑い声を出す彼女であったが、直後に状況が一変する。
「あ、いや、待てよ? どっちかっつーと俺、気が強い女の方が好みか?」
「ほう? して、その心は?」
急に、先の発言を撤回するような言葉を口にした燈へと、やよいの質問が飛ぶ。
少し考えた後、燈はその質問に対する自分なりの答えを述べていった。
「自分で言うのもなんだけど、俺って鈍い方だからよ、相手が何考えてるかきちんと言ってくれた方が助かるんだよな。気が弱い相手だと自分の意見を言えずにずるずる不満を引き摺らせそうだし、だったら俺と張り合えるくらいに気が強い女の方が合ってるかも、って思ったんだけどよ……」
「ほうほう! つまりは多少喧嘩出来るくらいが丁度良い関係性ってことか!! なるほどにゃ~!!」
「いや、これも無理に捻り出した答えだから絶対とは限らねえけどさ……まあ、一応の指針にはなるんじゃねえの?」
適当というほどでもないが、頭を捻って強引に出した答えだからと念を押す燈であったが、その背後では再び天国と地獄の境界が出来上がっていた。
燈と喧嘩する女筆頭の栞桜が復活すると共に拳を握り締め、天に高々と掲げる中、あまり自分の意見を告げることがない涼音はがっくりとその場に崩れ落ちて嗚咽の声を漏らしている。
そして、これまた不安そうな顔のこころは、こちらの条件もぴったり当て嵌まっているわけではないが大きく逸脱もしていないと自分に言い聞かせ、中庸が一番という結論を信じ込ませていた。
「……これさあ、あんまり答えても意味ないんじゃないかな?」
「ん? どうしたの、蒼くん?」
とまあ、そんな風に燈の回答に一喜一憂、盛り上がったり盛り下がったりする雰囲気の中、一つの疑問を抱いた蒼がそんな意見を口にする。
小首を傾げ、可愛らしくその言葉の真意を尋ねるやよいに向け、彼はこう言葉を返した。
「師匠が提言しているのは、童貞の卒業でしょ? ってことは、答えるべき女性の好みは性格面じゃなくて容姿の部分じゃない? 遊郭でお相手してもらう一夜限りの相手なんだからさ」
「……言われてみればそうだな。遊女さんと恋人になろうとするだなんて、地雷客確定じゃねえか」
元々の話題が童貞卒業であったことを思い出した燈が、今の話の無意味さに気付くと共にやよいを睨む。
口笛を吹き、素知らぬ顔でそっぽを向く彼女の反応から、先の話題をダシにして自分たちの女性の好みを聞き出す算段だったのかと理解した燈が苦々し気な表情を浮かべる中、やよいは悪びれもせずに話を前へと進めていった。
「そんじゃ、今度は蒼くんに聞こうかな? 容姿って部分に関して、蒼くんの女の子の好みってどんなの?」
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