それぞれの酒宴の楽しみ方
「では、改めて。蒼天武士団の発足と初依頼達成に、乾杯!!」
意気揚々と叫ぶ宗正の音頭に合わせて杯を掲げる一同。
現代日本のように、冷えたグラスにビールを注いでそれを打ち合わせるような乾杯ではない大和国流の乾杯の仕方に少々戸惑いながらも、合わせる燈。
特にかしこまった場ではなく、純粋に飲んだ食ったの祝いの席ということはわかっているのだが、やはり師匠の前では緊張してしまうものだ。
……と、思っていたのだが――?
「さぁ! 食え、飲め! 酒も飯も特上品だぞ~!!」
「あ、あざっす……!!」
……とまあ、誰よりも上機嫌で宴を楽しむ宗正は、そんな風に遠慮している弟子たちへと寿司や酒やらをどんどん勧めていった。
本人もよく食べ、よく飲み、遠慮など無用だとばかりにがつがつと宴を満喫している。
「早く食わんとわしが全部食っちまうぞ? 滅多にない祝宴だ、それに見合った豪華な食事なんだから、お前たちも存分に食べるといい!」
そう言いながらトロをぱくりと頬張る姿に、若干の面白みを感じてしまう燈。
これが自分の奢りで食事を提供してくれた人物の言葉ならばまた少し意味合いが違うのだろうが、先の話を聞く限り、宗正はこの宴に関してはほとんど金を出していないようだ。
そんな宗正が誰よりも出された料理を食い、酒を飲む姿を見ていると、確かに遠慮するのが馬鹿らしく思えてくる。
ここはお言葉に甘えて、宴会を楽しむとしよう。
元々、この宴は初仕事を無事に終えた自分たちが主役であり、もてなされる側とはいえ、そこまで遠慮は必要ないはずだ。
「師匠! そんながっつかないでくださいよ。俺たちだって、腹減ってるんすから!」
「おう! そうこなくてはなあ! わしの箸捌きを掻い潜り、目当ての寿司を取ることが出来るか、燈!?」
「師匠、燈、そういうのお行儀悪いから止めてくださいね」
そうやって、宴会を楽しむようになってきた燈が宗正と馬鹿らしいやり取りを繰り広げる。
その横では呆れ顔の蒼が静かに酒を嗜みつつ、他の団員たちへと気配りを見せていた。
「椿さんは何か食べたいものある? 遠慮してると燈と師匠に食べ尽くされちゃうだろうし、先に確保しておくよ」
「あ、じゃあ、イカのお寿司をお願いします。あと、穴子も貰えると嬉しいな……」
「イカと穴子ね。はい、どうぞ。すいません百元さん、そっちにある果実水とお茶、取ってもらえます?」
「はいはい、これだね。僕が注ごうか?」
「いえ、お気遣いなく。これは僕のじゃなくって……ああもう、師匠! 燈! お箸とお箸をぶつけちゃ駄目でしょ!!」
どこの大家族の食事風景だといわんばかりの騒がしさの中、母親の如く周囲の世話を焼く蒼。
二つの小さめの杯に果実水を注いだ彼は、それを涼音とやよいへと差し出すと共に忠告を口にする。
「はい、二人はこれね。君たちは酔うととんでもないことになるってわかってるから、お酒は禁止!! 団長命令だからね!!」
「ん……了解」
「にゃはは! 言われなくてもわかってますよ~! お酒を飲むのは二人きりの時にしようね、蒼くん!!」
劇的に酒に弱い涼音と、酔うと脱ぎ癖が出るやよい。
両名に飲酒を禁じた蒼は取り合えず最初の混沌とした状況を切り抜けられたことに安堵の息を吐く。
「蒼坊やも随分と貫禄が出たね。団長の役目をあんたに任せて良かったよ」
「僕なんてまだまだですよ。いつもみんなに手助けしてもらってますし、心の中ではいっぱいいっぱいです」
「傍から見て、見事だと思えるようなら十分さ。少なくとも、栞桜に任せたら常にあっぷあっぷしてるだろうさね」
「おばば様、それはどういう意味だ!? 私だって、少しは貫禄というものがだな――」
「そういう台詞はわさび入りの寿司を食えるようになってから言いな。まったく、お前って娘は、味覚も心も尻の色もまだまだ青いんだから……」
蒼を褒めつつ、自分の弟子である栞桜を軽く馬鹿にする桔梗。
その言葉に物言いをつけた栞桜であったが、寿司からわさびを取りながらの発言では格好がつかず、あべこべにその様を突っ込まれる始末だ。
「み、味覚は関係ないだろう!? さび抜きの寿司しか食べられなきゃ、一人前を名乗っちゃいけないとでも言うのか!?」
「わさび、食べられないの? ぷぷっ、子供……!!」
「涼音、貴様! よくも馬鹿にしたな!! 良いだろう、そこまで言うのなら、私だってやれば出来るということを証明して……っっ!?」
味覚の子供らしさを涼音に笑われた栞桜が、意気も盛んにさび入りの寿司を口の中に放り込む。
この程度はわけないといわんばかりの表情を浮かべていた彼女であったが、何度かの咀嚼の後にその表情が凍り付き始め、目には涙が浮かんでいった。
「み、水、水を、くれ……!!」
「はぁ~……どうせこうなると思ってたよ」
何もかも予想通り、といった表情を浮かべ、栞桜へと水の入ったひょうたんを差し出す桔梗。
奪い取るようにして彼女の手からひょうたんを取った栞桜は、一気にその中身を飲み干すと安堵の溜息を吐いた。
「うぷぷぷぷ。子供ね、栞桜……。戦いの痛みは我慢出来るのに、わさびの辛さは我慢出来ないの?」
「仕方がないだろう! あのツーンとした感覚はどうにも苦手なんだ!」
「ああ、ちょっとわかるかも。でも、慣れると結構あれが良いとは思うんだけどね」
やいのやいのと騒ぐ三人娘に対して、わさびひとつでよくもまあここまで盛り上がれるものだといった視線を向ける桔梗。
その横では、茶を静かに啜る百元が、楽しそうに友人を煽る涼音の姿を見て、嬉し気な笑みを浮かべていた。
「……どうしたんだい、そんな風ににやけて。あんたにしちゃあ、珍しいじゃないか」
「うん? ……なに、ああして見ると普通の少女みたいだな、と思ってね。僕と嵐しか関わる人間がいなかった頃は、常に無表情で笑いもしなかった涼音が、あんな風に友達と騒ぐ姿を見れるのが嬉しくてね。……願わくば、ここに嵐が居てくれれば、なお良かったのにな」
涼音の変化を喜びつつも、ここにはいないもう一人の弟子のことを思い返した百元が寂しそうに目を伏せる。
本来ならば蒼天武士団七人目の団員となっていたはずの嵐を想い、彼がここにいないことを悲しむ百元へと、桔梗が酒を差し出した。
「……顔を上げな。師匠であるあんたがそんな顔してちゃ、あの子たちも宴を楽しめないだろう」
「……ああ、その通りだね。僕も蒼くんを見習って、心の中の感情を押し止めることにしよう」
差し出された杯を傾け、その中身を一気に飲み干す百元。
普段の彼からは想像も出来ない、やや荒れたその感情を表す様子を一瞥した桔梗は、彼にも心の整理をつける時間が必要なのだろうと、酒がそれを解決してくれることを期待する。
「栞桜ちゃん、卵食べるかしら? 甘くて美味しいわよ?」
「うぐぐ……! 馬鹿にしてぇ……!!」
そんな師匠たちの様子など露知らず、涼音と栞桜は煽り煽られのやり取りを続けていた。
涼音が意外な弱点を露呈させた栞桜を徹底的に煽る中、こころが苦笑を浮かべながら燈へと声をかける。
「燈くん、何か食べる? こっちの寿司桶、まだまだ残りがあるよ」
「ん、そんじゃあ適当に頼むわ。師匠の分もよそってやってくれ」
「は~い!」
宗正との寿司を巡っての激闘をひと段落させた燈は、自分を気遣ってくれたこころの言葉に甘えて取り皿を彼女に差し出した。
まぐろやイカ、鯛などの寿司を適当に盛り付けたこころが取り皿を燈へと返すと、少しばつの悪そうな顔をした燈が寿司のネタを捲り、シャリに乗っているわさびを取り始めたではないか。
「あれ~? もしかして燈くん、わさび苦手なの?」
「うぐっ……!! 言うなよ、やよい。このタイミングで切り出すの、結構恥ずかしいんだからよ……」
その行動を見逃さず、やよいがいたずらっ子全開の口調で突っ込みを入れてみれば、栞桜同様の舌の好みを露呈させられた燈が苦々し気な声を漏らした。
嗜好の子供っぽさを自覚しているのか、あるいは栞桜が散々煽られる様を間近で見ていたせいか、気恥ずかしそうにした燈は、まぐろの寿司を頬張りながらそのことについて言及する。
「別に辛いモンが苦手ってわけじゃねえんだけどよ、わさびだけはどうしても無理なんだよな~……あの鼻に来る感覚が無理つーか、ただ辛いだけならいくらでもいけるんだけどよ」
「だろ? だろう!? どうだ涼音!? やはり剣才と味の好みは関係ないんだ! 流石は燈! その辺のこともわかっているな! はっはっは!!」
「うぐぐぐぐ……!!」
自分と同意見の燈の言葉に機嫌を良くした栞桜が、ばんばんと彼の肩を叩きながら反撃を行う。
立場が逆転し、煽られる立場になった涼音が渋い表情を浮かべる中、三人娘と一人は騒がしいやり取りを繰り広げていった。
「わさびなど食べられずとも、一人前の剣士にはなれる! 食の好みが合うとは、なんだかお前への好感度がぐっと上がった気がするぞ、燈! はっはっはっはっは!!」
「栞桜、痛い。お前、自分が思ってる以上に馬鹿力なんだから、不用意に力込めるなよ。俺じゃなきゃ肩の骨が砕けてるぞ」
「あ、燈くん。こっちのお寿司、わさび抜いておいたよ。交換するから、そのお皿こっちに頂戴」
「……こころ。あなたさりげなく燈の箸がついた寿司を手に入れようとしてない? 私たちに気付かれないように燈の好感度稼いでない?」
「ええ~? なんのことかな~? 私よくわからな~い!」
わいわい、がやがやと一気に賑やかになる大広間。
団員たちのやり取りに溜息を吐きつつ、取っ組み合いの喧嘩にはならなそうだと安堵した蒼が座布団へと座り直すと、目前の机に幾つかの寿司が乗った皿が差し出された。
「はい、どうぞ。さっきから他人のことばっかりで、自分がまともにご飯食べられてないじゃん。こういう場なんだから、自分も楽しみなよ」
「んぁ、あ、ありがとう……」
「適当に取ったから、苦手なのがあったらあたしに頂戴。逆に、好きなのあったらあたしの皿から取ってっていいよ」
ちゃっかりと蒼の分の寿司を確保していたやよいが、ぐびぐびと果実水を飲みながら言う。
自分が他人から世話を焼かれるとは思ってもみなかった蒼が唖然とする中、そんな彼の様子を見たやよいが悪戯っぽい笑みを浮かべながら、言った。
「なぁに? もしかして、蒼くんもわさびが苦手なの? こころちゃんみたく、あたしが取り除いてあげようか?」
「だ、大丈夫だよ。僕は普通に食べられるから。ただ、何と言うか……驚いただけだし」
「にゃははっ! お尻に敷くだけじゃなくて、時には気遣ってあげないとね。これでも副団長やってますし、おすし」
「……気遣ってくれてるのはいつもだと思うけどね、僕は。普段から君に助けられることの方が多い」
「なら、そんな驚かないでよ。仕事でも宴でも、蒼くんを支えるのはあたしの役目ってことでさ」
ぱくぱくと寿司を頬張りながら、そう答えるやよい。
そういう風を見せないようにしながらも、しっかりと周囲……というより、自分を気遣っている彼女の横顔を見つめていた蒼は、感謝の気持ちと共にえんがわを口に運ぶ。
「……僕、これ好きなんだよね。白身魚の方があっさりしてて好きだ」
「ふ~ん……覚えとく。鯛とかも残ってるから、欲しかったら取っていきなよ」
「うん、ありがとう」
蒼の言葉に答えながらも、やよいはこっそりと自分の皿から白身魚の寿司を彼の皿へと移し替えている。
そこまで気を遣わせてしまうことを申し訳なく思いながらも、彼女の厚意に甘えようと貰った寿司をぱくついていた蒼が、はたと騒がしかった周囲の物音がぴたりと静まっていることに気が付き、顔を上げると――
「……何ですか、人の顔をじろじろと……僕の顔に何かついてます?」
「いいや、別に。ただ何となく、な……ふくくっ!!」
蒼天武士団の団員も、その師匠たちも、まじまじと自分とやよいのことを見つめている様を目にした蒼が不機嫌そうな顔でそう呟けば、彼らを代表して宗正がとぼけた答えを返してきた。
何か言いた気な雰囲気を感じとってはいるものの、これを突くと藪蛇になりかねないと理解している蒼は敢えてそれ以上深くは突っ込まず、やよいから貰った寿司を頬張り、酒を飲むことで気を紛らわせることにしたようだ。
同じく、敢えて何も言わないという選択をした宗正であったが、その顔には隠し切れない心の声が文字となって浮かび上がっているように見える。
やや下世話だが、自分たちの総意を表している彼を引っ込めさせた燈もまた、心の中でにやにやと笑いながら兄弟子とそれを支える少女との仲睦まじいやり取りを見守っていった。
――――――――――
すいません、この作品とは関係のないことなんですが、ちょっとここで宣伝させてください。
本日、このお話が公開される頃に、前後編で完結する短編のラブコメ小説を投稿させていただきました。
色々と悩んだんですが、今の自分では長いスパンの恋愛小説的なものを書くのは難しいかな~、と考え、まずは短いお話で練習というか、実験作を投稿してそれをブラッシュアップしていきたいなと思っています。
出来たら皆さんにも投稿された短編を読んでいただいて、感想やご指摘を頂けると幸いです。
前編は朝八時、後編は午後六時に公開されるよう、設定しております。
10000文字に満たないお話の中で、ここが良かったや逆に駄目だと思った場所などをご指摘してもらえると、次の小説を書くための試金石になります。
本当に、気が向いたらで構いませんので、軽く目を通して、応援メッセージやレビュー等で感想を伝えて頂けると嬉しいです。
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