エピローグ ~初仕事、無事に達成!!~


 一方、鷺宮邸では、長い滞在を終えようとしている蒼天武士団を見送るべく、百合姫をはじめとした領民たちが集まっていた。

 玄白と最後の話し合いを行っている蒼を待つ間、彼らは大恩ある武士団の面々に感謝を口々に告げている。


 まだ妖が残した爪痕が完全に消えるまでには時間がかかるだろう。

 だが、こうして明るく前を見て未来に進もうとしている彼らの様子を見た燈は、きっと大丈夫だろうと心の底から思った。


「燈殿、本当にありがとうございました。あなた方がいなければ、我々も領民も今頃どうなっていたことが……」


「お役に立てたんならそれで十分っすよ。むしろ、大変なのはこっからじゃないんすか?」


「そうかもしれません。しかし、今は我々を含めて領民全員が一つに纏まっている。我らが一丸となって事に当たれば、きっと未来も切り開けるはずです」


 そう、力強く語る雪之丞の言葉に、先程の思いを強めた燈も大きく頷く。

 これからの鷺宮領を背負って立つ彼と固く握手を結び、二人がお互いの活躍を祈るように視線を交わらせる中、ちょこちょこと歩み寄ってきた百合姫が元気いっぱいに声をかけてきた。


「燈さま! 寂しくなりますが、いつまでもあなた様や蒼天武士団の皆さまに頼り続けるわけにもまいりません。これからは我ら鷺宮家が、先祖代々受け継がれてきたこの地を守り、発展させてみせます! どうか、燈さまたちもご達者で!」


「うっす。姫さまも、お体に気を付けてくださいね」


 煌びやかな着物姿から、動きやすい質素な格好になっている百合姫を見つめながら、燈が言う。

 その姿であったり、ここ数日の復興作業に子供ながらも懸命に動き回って協力したり、その中で見せたお転婆さだったりを知った燈は、今の百合姫に玄武の幻で見た鷺宮真白の姿を重ねていた。


 彼女の魂は、脈々と受け継がれている。

 里を愛し、人を愛し、明るい未来を夢見る彼女の意志は、百合姫や雪之丞だけではなく、この地の領民全てに受け継がれているのだろう。


 だからきっと、大丈夫。守り神がいなくなっても……いや、いなくなったからこそ、彼女たちは自らの手で未来を掴むことが出来るはずだ。


 これから先の鷺宮の里を導く存在になるであろう百合姫を守ったことが、きっと多くの人の命や幸福を生み出す結果となる。

 依頼を通じ、一つの命とそこから連なる生命の連鎖を守れたことをどこか誇らしく思った燈は、自分たちを見送りに来てくれた領民たちの笑顔を見て、更にその想いを強めた。


「……守り神さまのお力は、これからの燈さまの戦いにお役立てください。きっと、あの方もそれを望んでいるはずです」


「ありがとうございます。神さまの顔に泥を塗るようなことにならないよう、大切に使わせていただきます」


「ふふふ……! そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ! 守り神さまも、燈さまならば大丈夫だと信じてそのお力を託したのですから!」


 神獣である玄武こと、明里の力は今もなお燈の中に残り続けている。

 法則や概念を無視して全てを焼き尽くす神の黒炎を用いることが出来る神器を受け継いでしまった責任感を思うと心に重圧がのしかかってくるが、百合姫の笑顔を見るとそれが薄らいでいくような気分になるのだから不思議だ。


 とにかく、明里に顔向け出来ないような力の使い方はしてはならない。

 誰かを救うために、何かを守るために、この力を使わせてもらおうと改めて誓った燈の背へと、玄白と共に戻った蒼の声が響く。


「お待たせ。それじゃあ、名残惜しいけどそろそろ行こうか」


「おう! ……んじゃ、百合姫さま、雪之丞さん、俺たちは行きます。どうか、ご達者で」


「あっ、燈さま! ちょっとお耳を貸していただけますでしょうか?」


「ん? どうかしたんすか?」


「こそっと、内緒話でございます」


 立てた人差し指を顔の前に出し、しーっと可愛らしく秘密の内緒話のジェスチャーをする百合姫。

 そんな彼女の様子に笑みを浮かべつつ、燈は言われるがままに屈んで身長を合わせると、右耳を差し出す。


「はいはい、なんでしょうかね?」


「ふふふ……! 改めて、ありがとうございます。数々の艱難辛苦を切り抜けられたのは、燈さまや蒼天武士団の皆さまのお陰でございます。あなたさまが仰った通りです。私は、きっと幸せになれる……ですが、それはタクトさまのような婚約者の手からでも、燈さまのような私を庇護してくださる方から与えられるものでもなく、私自身が掴むものなのでしょう。ここからは、他の誰でもない、私自身の幸せを掴むために、邁進しとうございます」


 顔を合わせた日の夜、何の確証もない勘から自分の幸せを予知した燈の言葉を引き合いにだし、改めて感謝の気持ちとこれからの自分の決意を告げる百合姫。

 そこで一度言葉を区切った彼女は、小さく微笑むと……その可愛らしい唇と、燈の頬へとちょこんと押し付けてみせた。


「んぁ……?」


「ふ、ふふふっ! これは鷺宮家からではなく、私個人からの感謝の気持ちです。お気持ちばかりのものですが、どうぞ取っておいてください」


「い、いやいや! 気持ちだけで十分っすよ! にしても、姫さまって結構大胆っすね……!」


「そりゃあ、未来の鷺宮領を背負う女ですもの! それと、多少は燈さまの影響もございますのよ?」


「ははは、これはいい! 燈殿、もしよければうちの妹を妻として迎えませぬか? この形の婚姻なら、父も母も喜ぶでしょう!」


「あんまからかわないでくださいよ、雪之丞さん」


 若干の本気が透けて見えている雪之丞の言葉に困ったように反応した後で、深々と自分を見送る兄妹に頭を下げる燈。

 そのまま、自分を待つ仲間たちの下に小走りで駆け寄った彼は、見送りの人々に手を振りながら鷺宮領を後にしていく。


「さよーならーっ! 皆さん、また遊びに来てくださいねーっ!」


「本当に、本当に……ありがとう、蒼天武士団ーっ!!」


「……へへっ! 悪くねえ気分だな、こういうの」


「誰かから感謝されて嫌な気持ちになることなんてないさ。特に、こんな大団円の終わり方を迎えられたんなら猶更でしょ?」


 領民の笑顔や感謝の言葉を背に歩む気分の晴れやかさにはにかみ、心地良く独り言を漏らす燈。

 護衛対象を守り切り、五百年前の禍根を断ち、全ての真実を明らかにして長年の呪いを解くことも出来たというこれ以上のない任務の達成具合には、仲間たちも胸を弾ませているようだ。


 二週間近く働き、長く激しい戦いを繰り広げ続けた割には、得られた報酬というのは少ないのだろう。

 しかし、今、こうして自分たちを見送ってくれる人々の笑顔や、その笑顔を見て得られる実感を想えば、金品や領地以上の価値があるものを手に出来たのだと、蒼天武士団の誰もが思っている。


 妖の被害に苦しみ、助けを求めている弱き人々に手を差し伸べ、この大和国を救う最強の武士団。初めての仕事で、その理念に違わぬ最上の結末を迎えることが出来た。

 自分たちが成し遂げたことに対して誰もが満足気な気持ちを抱く中……ふと、栞桜が燈へとこう問いかけた。


「そういえば燈、お前さっき、百合姫さまと何を話していたんだ? 何やら慌てていたようだったが……?」


「えっ!? い、いや、なんでもねえ、よ……?」


「……怪しい。目が、泳いでる」


「燈くん? 包み隠さず、全部話そうか?」


「ぐえっ!? い、いや、本当に何もないんだって! ちょ、妙な威圧感出すなって!!」


 百合姫からの口付けと、そこから続く雪之丞の言葉を誤魔化そうとした燈であったが、元来の隠し事の出来なさがその行動の足を引っ張ったようだ。

 あっさりと何かを隠していることをこころたちに見抜かれ、三人娘からの鋭い追及を受ける羽目になってしまっている。


 ああだこだと騒ぐ燈たちと、それを見てくすくすと笑う蒼とやよい。

 今しがた、一つの大仕事を終えたばかりとは思えない六人の若者たちは、ともすれば下校中の学生にも見えなくもない。


 無邪気に、無垢に、初仕事の達成を喜ぶ彼らのことを、青い空とそこに浮かぶ亀のような形をした雲が見守っていた。







 そう遠くない未来、鷺宮の里は領主を中心に一致団結し、目覚ましい速度での復興を果たすこととなる。

 その後、引退した父に代わって当主となった息子は、人の和を何よりも重く見た治世を行い、領地を富ませ、民たちが平和な日々を送れるように尽力したそうな。


 かつての没落ぶりが嘘のようにV字回復を果たした鷺宮領には、それまで領主の妹が新たに記した歴史書が重要な遺産として受け継がれ続けることとなった。

 史書の名は『灯火伝記あかりでんき』……その本の中には、同じ名を持つ二人の英雄の活躍が記されている。


 鷺宮領誕生の時よりこの里を守り、長きに渡って守り神として領民の生活を守り続けてくれた玄武、明里。

 その守り神と協力し、武士団の仲間と共に里に迫った最大の驚異を打ち払い、先祖代々の無念を晴らしてくれた剣士、虎藤燈。


 両名の名は今度こそ正しく後世に伝えられ、鷺宮の里に起こった良きこと、悪きことと併せて、家の歴史に刻まれることとなる。

 確かに整備された法を基に鷺宮家の当主によって正しく治められたこの里が、大和国でも有数の長寿領として名前を轟かせることになるのは、まだまだ未来の話だ。



――――――――――


こちらが大団円の終わり方。

次に投稿されるのが皆さんが待ち侘びているであろうエピローグ。



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