数日後、蒼と玄白

 煙々羅との決着、そして真白と龍興の昇天から、数日の時が過ぎた。


 守り神であった明里から受け継いだ神の力を行使し、消耗した燈を回復させるため、また、騒動によって荒れた土地の片付けや復興を手伝うために鷺宮領に滞在していた蒼天武士団の面々は、それぞれが得意技術を活かして人々のために貢献している。


 栞桜が自慢の怪力を活かして半壊した家や田畑に落ちた巨木やら岩やらを片付ける傍ら、こころが備蓄してあった食料を使い、温かい料理を領民たちに振る舞う。

 やよいと蒼は無事な土地と領民たちの数を計算して仮住居の設置を提案すれば、特に出来ることもなく暇をしていた涼音が近くの山々からその材料となる木を斬って持って来たりもしていた。


 燈もまた、一晩ぐっすり寝て体力を回復させた後、建築作業に精を出している。

 騒動に一区切りがついた翌日にはそそくさと鷺宮領を後にしてしまった大和国聖徒会とは打って変わって、最後までこの地のことを考えて行動してくれている蒼天武士団には、領民たちも強い感謝の気持ちを抱いていた。


 そんな中、領主である玄白は、蒼と共に荒れた領地を回りながら、彼と会話をしていた。

 ここ数日で目まぐるしく変わった状況を目にし、僅かに嘆息しながら、玄白が話を切り出す。


「……先日、聖川殿から置き手紙にて婚約破棄の申し出がありました。今の黒岩殿に結婚は難しく、まずは心身の治療を優先すべきというのが理由のようです」


「そうですか……妥当な判断、でしょうね。妖に精神を蝕まれ、片腕まで無くしたのです。このまま百合姫さまと結婚することなど、不可能でしょう」


 タクトの右腕を斬り落とした張本人である蒼が、その時の感触を思い出しながら渋い表情で言う。

 事件後、正気を取り戻した時の彼が利き腕が無くなった自分の姿を見て卒倒したことも思い返した蒼は、タクトに対する申し訳なさを感じていた。


 自業自得といえば、そういうことになるのだろう。

 しかし、あの凶行も全てタクト自身の意志で行われたわけではなく、妖気に当てられて負の感情を増幅させられたことが起因でもある。


 元は優しく、人を思い遣る性格だった龍興がそうであったように、タクトもまた理不尽に巻き込まれた戦いの中で元々の性格を歪めていってしまったのではないか?

 その果てに、右腕を失うという大き過ぎる代償を払わせることになってしまったことを、蒼は心の中で悔いていた。


 これから先、彼はどうするのだろう? 左腕一本で剣士としてやり直し、返り咲くことが出来るのだろうか?

 そうでなくとも、幕府が手厚い保護をしてくれたら……と、考えた蒼は、独断で動いた王毅や元下働き組であった燈への幕府の扱いを思い返し、それが叶わぬ希望であることを悟る。


 結局は、全て彼やその周囲の人間次第なのだろうな、と考える蒼の耳へと、話を続ける玄白の声が届いた。


「……大和国聖徒会の皆さまにも迷惑をお掛けしました。元はといえば、この事態は我々鷺宮家が呪いの正体と守り神についての情報を想い違えていたことが原因……全てを正しく知っていれば、誰も傷つくこともなかったのかもしれません」


「悔やむお気持ちは重々理解出来ます。しかし、今は過去を振り返るより、未来に目を向けるべきなのではないでしょうか? 妖の驚異は去りましたが、被害の爪痕はこの領地にまだ残っている。もう、手助けをしてくれる守り神もいません。ここからは、領主であるあなた方が鷺宮領の復興に尽力し、元の繁栄を取り戻せるように努力していく番です」


「……ええ、蒼殿の仰る通りだ。五百年間、守り神さまはこの地とそこに生きる我々を守ってくださった。いつまでも我々が下を向いていては、あのお方に申し訳がたちません。この鷺宮領を復興させるのは、我々の役目なのですから」


 煙々羅によって破壊された家屋や、荒らされた田畑が広がる領地を見ながら玄白が呟く。

 あの一件から数日が過ぎ、燈たちの助力を受けつつある程度の片付けや最低限の生活基盤を整えることは出来たが、元通りの暮らしを送れるようになるまではまだまだ時間がかかるだろう。


 妖の驚異は去ったが、同時に守り神であった玄武と魂となって自分たちを見守り続けてくれていた真白も龍興と共に旅立ってしまった。

 ここからの復興は神や先祖の力を借りず、今を生きる人々の手でやり遂げなければならないのだ。


 きっと大変な日々になるだろう。金も人脈もない鷺宮家の人々が領地を元通りにするのには、相応の時間を費やすはずだ。

 しかして、今、自分たちが生きているこの瞬間は、燈をはじめとした多くの人々が激しい戦いの末に掴み取り、守り抜いてくれたから存在しているもの。

 そのありがたみを、幸せを、この一件を通じて十二分に噛み締めた玄白は、自身の決意を蒼へと告げる。


「……私の目標は、この領地を元通りの土地に戻すこと。当主を辞するまでの間に、それだけはやり遂げてみせます。その先にある鷺宮領の未来は、子供たちに託すことにしましょう。あの二人ならきっと、真白殿や龍興殿が思い描いた理想の土地を作ることが出来る。私は、そう信じています」


「応援しています、玄白さん。形は違えど、真白殿も龍興殿も、守り神だって、この地のことを想い続けていました。夢と、情熱と、希望……彼らの内にあったそれらの強い感情は、この地に生きる皆さんにも受け継がれているはずです」


「今度は我々が、真白殿たちにも負けない夢と情熱を持って明日へと突き進む番です。蒼天武士団の皆さまが我々の胸に希望の火を灯してくださった。五百年前から受け継がれてきた火と、我々の中に生まれたこの火を合わせ、強き炎として未来を照らしてみせましょうぞ」


 そう言って足を止めた玄白が、深く、深く蒼へと頭を下げる。

 百合姫の護衛、この地に降りかかっていた呪いの解呪、五百年前の真相の解明等、蒼天武士団から数えきれないほどの恩を受けたこの領地を治める者として、彼は家族や領民を代表して改めて感謝の言葉を述べた。


「我ら一同、この御恩は決して忘れませぬ。五百年前の正しき記録と共に、今度こそこの地で何が起きたのかを未来永劫伝え続けましょう。過去の真実を、我々の明日を、お守りいただいたこと……本当に感謝します。あなたたちがいなければ、私は自分の愚かさと向き合うことは出来なかった。未来を生きる子供を犠牲にして得る当代の栄誉など、ただただ虚しいだけだと……ようやく、気付くことが出来ました」


「お互い、学ぶことが多過ぎますね。僕もまだまだ知らないことが多過ぎる」


「蒼殿にもそう思うことがあるのですか? 少し意外ですな……」


「まだまだ若輩者ですよ、僕も。最近特に一つ、どんなに頭を捻ってもわからないことがあるんです」


「ほう? して、それは?」


 自分より一回りも二回りも若いというのに、自分よりも数段賢い蒼にも判らないことがあるという言葉に驚きつつ、その詳細を尋ねる玄白。

 そんな彼の問いに苦笑した蒼は、自嘲するように鼻を鳴らした後……その答えとして、こう述べた。


、ですかね」


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