鷺宮の夜明け

「ええ、その通りです。それも全て燈さまたちのお陰――」


 戦いを終え、自分の先祖たちの魂を浄化してみせた燈へと駆け寄る百合姫。

 自分たちを救ってくれた英雄への賞賛の言葉を口にしていた彼女であったが、燈の体が大きくふらつくと共に背後へと倒れそうになる様を目にして、驚いて両手で口を覆っていると――


「おっと! 危ない、危ない」


「おう、サンキュ……! くっそ、めっちゃ、しんどい……!!」


 ――すんでの所で蒼に支えられ、彼に肩を貸してもらう燈。

 その表情には余裕がなく、短い戦いながらも疲労困憊している様子が見て取れた。


「やっぱこれキツいわ。想像の十倍はしんどいんだが?」


「そりゃあ、相手は神さま、しかも玄武なんていう超大物だからね。その力の一端を行使するには、相当の負担がかかるに決まってるじゃない」


「覚悟はしてたけどよ……これ、五分保つか? 体力も気力も限界近いぞ?」


「普通の人間なら、そもそも力を受け取ることすら出来ないよ。玄武から力を受け取った上、短い時間でもそれを扱える燈の方が常識外れだって」


 燈を支え、彼が得た力についてある程度の知識を解説する蒼。

 気力、体力共に常人を遥かに超えている彼だからこそ成せた大業を褒め称えつつ、その身を案じる。


「気を付けなよ。君の言う通り、その力は五分扱えればいいくらいだ。それ以上は死ぬ危険性もあるし、神様の力をこれ見よがしに使うのも余計な騒動を引き寄せる可能性がある」


「色んな意味で乱用は禁止ってわけだな? っつか、したくても出来ねえよ」


「ははは、それもそうか! ……なんにせよ、お疲れさま。今度こそ本当に、全てが終わったよ」


「……おう」


 相棒からの賞賛の言葉にはにかみつつ、短い返事を口にする燈。

 仲間たちの下へと歩む自分の隣を歩く百合姫へと視線を向けた彼は、その笑顔のままに言う。


「これで、全部が終わりました。鷺宮真白も、黛龍興も、守り神であった明里も……みんな、天国に行けたでしょう」


「はい。本当に、ありがとうございます。燈さまや蒼天武士団の皆さまには、幾ら感謝してもし足りないくらいです」


 少しずつ、百合姫にも実感が湧いてきたのだろう。

 自分に、鷺宮家に、降りかかっていた呪いが完全なる形で浄化された喜びに彼女が顔を綻ばせる中、へろへろの燈に駆け寄ってきたこころたちが、口々の彼の健闘を称える。


「やってね、燈くん! これで守り神さまも安心して眠れるよ!!」


「本当にお疲れさま! いや~、ものすっごいものを見てしまいましたな~!!」


「にしても……お前、戦いが終わった後はいつもそんな感じじゃないか? 銀華城の時もそうだが、どうしてそう締まらない終わり方なんだ?」


「うるせー! こっちの身にもなれってんだ! 言っとくが、お前の考えてる百倍はキツいぞ!?」


「ふふふ……! 思ったより、元気。神様の力を使ったっていうのに、ぴんぴんしてる。流石は燈ね」


 わいわいがやがやと騒ぎ、勝利の喜びを分かち合う一同。

 鷺宮家の人々も、ようやく戦いが終わったことに安堵すると共に、家族が誰一人欠けることなくこの長い夜を生き延びられたことを感謝するかのように、互いに抱き合っている。


「蒼天武士団の皆さま……本当に、ありがとうございます。この地に降りかかっていた呪いを解いただけではなく、五百年に渡る我々の過ちも正してくださった皆さまには、なんとお礼を申し上げたら良いものか……!!」


「お気遣いなく。我々は、百合姫さまを守るという依頼を達成しようとしたまでです。それが、我々があなた方から請け負った仕事ですから」


 煙々羅と化した龍興の浄化も、それに伴う真白たちの成仏も、全ては百合姫を守るという目的の副産物に過ぎない。

 最初から最後まで、自分たちのすべきことは何も変わっていないのだと、そう玄白へと告げた蒼は、燈を支えながら視線を鷺宮の里へと向ける。


 夜が明け、ゆっくりと日が昇り、その光に照らされて徐々に明るくなっていく村の様子は、妖に荒らされたこともあって決して綺麗とはいえないだろう。

 しかし……そこに住まう人々の命は奪われず、彼らを苦しめていた呪いも最上の形で解呪することが出来た。


 守れたのだ、自分たちは。この地に住まう人々と、この地の礎を築き上げた者たちの魂を。


「……初依頼、無事に達成だな。この上なく、最高の終わり方だ」


「ああ、そうだね……!!」


 全てを締め括るような燈の言葉に蒼が頷き、他の仲間たちも同意するように首を振る。

 夜明けと共に少しずつ輝きを取り戻していく鷺宮の里の光景は、まるでこれからの自分たちの未来を暗示しているようだと思いながら……百合姫は、この光を齎してくれた英雄たちの背を見つめ、深い感謝の気持ちを抱くのであった。


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