守り神の正体


 先へ、先へ……守り神との対面を任された燈たちが、洞窟の奥を目指して突き進んでいく。

 足場の悪い地形を鷺宮家の人々やこころを引き連れて進むその足取りは決して早いとはいえないが、彼らもまた必死になって先を急いでいることは容易に読み取れた。


 ありがたいことに、最奥地までの距離はそこまで遠くはなく、突入から暫し進んだところで広い空間へと辿り着いた一行は、そこに広がる血生臭い光景に顔を顰め、口を開いた。


「ここが、守り神の住処……この臭いは、黒岩の奴にやられた蛇の血の臭いか……?」


 ただっぴろいその空間には、四つの巨大な蛇の頭がごろりと無残にも転がっている。

 大和国聖徒会に倒され、弔われることもなく無作法に放置されているその首を見た玄白は、己の罪を恥じるように涙を流し、言った。


「初めて、この目で守り神さまのご遺体を確認しましたが……惨過ぎる。五百年、この領地と我々一族を守り続けてくれたお方に、何という罪深いことをしてしまったのでしょう……」


「……本当に、守り神さまは生きておいでなのでしょうか? どう見ても、首を落とされて亡くなっているようにしか思えないのですが……」


 菊姫の言葉に一同の間に不安がよぎるも、いち早く大蛇たちの首を調べていたやよいが、首を左右に振ってからその答えを返す。


「首が落とされてから十日近く経ってるっていうのに、遺体の腐敗や消滅が始まってない……ってことは、まだこの体は何らかの干渉を受けてるってことになる。完全に命尽きていたら、この首たちももうとっくに消滅してるか、腐り始めてるはずだもん」


「……言われてみりゃ、血があんまり濁ってねえな。腐臭もしねえし、時間が経ってる割には状況が綺麗だ」


「では、やはり守り神さまはまだ生きておいでなのですね!!」


 希望を感じた百合姫の言葉に、やよいに代わって燈が頷く。

 そうでないと煙々羅を倒す術が見つからない以上、守り神の生存を祈るしかないという確証もない肯定であったが、無邪気な少女の心に光を灯すには十分であったようだ。


 喜びと希望を見出す鷺宮家の人々を背に、大蛇の首を調べるやよい。

 燈もまた彼女に近付くと、陰陽術に詳しい彼女の意見を求めた。


「……この首、分身体じゃない。斬られたのは本物の守り神の首だけど、これは本当に八岐大蛇の首なのかな……?」


 無造作に転がる大蛇の首は、八岐大蛇が自身の能力で作り出した分体ではないことがはっきりと確信出来た。

 しかし、そうなると残り四つの首しか残っていない八岐大蛇は、この斬首によって完全に死してしまったはずだ。


 だが、百合姫の持つ御神体やこの遺体の状況が、守り神の生存を物語っている。

 矛盾しているこの情報に困惑するやよいであったが、そこで燈が蒼から聞いたあることを彼女へと告げたことで、凝り固まった頭が柔らかくなるきっかけを作り出せたようだ。


「そういえば……蒼の奴が、妙なことを言ってたな。八岐大蛇は八岐大蛇じゃないかもしれない、とかなんとか……」


「八岐大蛇は、八岐大蛇じゃない……? 蒼くんが、そう言ったの?」


「ああ、俺には何が何だかわからねえんだけど、お前は何が言いたいのかわかるか?」


「八岐大蛇は、八岐大蛇じゃない……守り神であったはずの存在が妖として言い伝えられていたってことは……その正体すらも、間違いがあった?」


 ぴしりと、固定概念となっていた情報にひびが入る。

 五百年もの間、八岐大蛇の立場を誤解していた鷺宮家の人々は、自分たちを守ってくれている守り神の正体すらも勘違いしていたのではないだろうか?


 蒼が言いたいのは、守り神の正体は八岐大蛇ではなく、他の神かもしれないということ。

 そう考えれば、大和国聖徒会が戦った相手が四つ首の蛇ではなく、四体の蛇であるという八岐大蛇の容姿と矛盾している情報にも一種の説明がつく。


「蛇、蛇……複数の蛇を従える、あるいは融合している神さま……」


 これまでに得た情報を基に、守り神の正体を探るやよい。

 一つ、また一つと可能性を見つけ、潰し……を繰り返した彼女は、ある神の存在に辿り着くとはっとして顔を上げた。


「もしかして、守り神の正体は……!?」


「やよい、何かわかったのか!?」


「ちょっと待って! 説明するより、実際に見せた方が早いと思うから!!」


 そう言いながらごそごそと羽織の内側に着ている装束を探ったやよいが胸の谷間からお札を取り出す。

 お前の谷間は四次元ポケットか、と突っ込みを入れたくなる気持ちを我慢した燈は、彼女がその札を用いて気を探る様をただじっと見つめることにした。


「百合姫ちゃんの御神体から発せられていた気と同じものを探ってる。守り神が生きているとすれば、きっと……!!」


 御神体から漏れていた黒い光と同じものを発し、その出所を探るように光を放つ札を掲げてやよいが広い空間を歩く。

 その背を追い、共に出所を探していった一行は、彼女が小さな祠の前で足を止めたのと同時にそれへと視線を向けた。


「これは……おそらく、数百年前に作られた祠でしょう。かつて守り神として信奉されていた八岐大蛇を祀るために、何者かが作り出したものかと」


「まさか、このちっこい祠の中に守り神が?」

 

「ううん、違う。守り神がいるのは、その奥の空間だよ」


 誰もが石造りの小さな祠に目を向ける中、やよいはその奥にある壁を見つめ、そう呟く。

 そうした後、百合姫から御神体を受け取った彼女は、その壁に手を触れながらこくりと頷いた。


「やっぱりそうだ。ここ、ただの行き止まりじゃない。強い力で作り出された結界が張られてる。一見、ただの壁にしか思えないけど……この奥にはもう一つ空間が広がってるんだよ」


 そう解説を行い、御神体を壁に見せかけた結界へと当てるやよい。

 ばちばちっ、と黒い光が弾け、音を鳴らす様に驚く一同に向け、彼女は尚も解説を続ける。


「玄白さん、どうやらあたしたちはまだ大きな勘違いをしていたみたいです。守り神の正体は、八岐大蛇じゃあなかった。もっと別の存在だったんですよ」


「そんな!? 守り神を妖と誤認していたどころか、その正体すらも見誤っていたということですか!?」


 玄白の言葉に大きく頷くやよいの前にある壁が、徐々に透き通っていく。

 結界が破れ、その奥に広がる空間が徐々に露わになっていく中、誰もが視線をもう一つの空間へと向けていた。


「……守り神の正体が八岐大蛇でないとするならば、これまでずっと疑問だった蛇たちが分離していた理由にも説明がつく。四つ首、もっというならば八つ首の蛇神なんて、最初から存在しなかった。守り神の正体は、蛇と何かで構成された神獣だったんです」


「自分を構成する半身である蛇がやられたから、致命傷にも近い傷は受けた。でも、もう半身は手出しされてないから、まだ息が残ってるってことか?」


「うん、そう。でも、それも限界が近い。あたしたちでいえば、下半身が切り取られて上半身だけで生きてるようなものだもん。それでも必死に命を繋いでるのは、あたしたちがここに来ると信じてるから……この鷺宮領と百合姫さまを襲う妖の驚異を祓う方法を伝えるためだけに、今も懸命に足掻いてるんだよ」


 そう、やよいが言い切ると共に、結界が完全に崩れた。

 その奥へと足を踏み入れた一行は、そこで待っていた守り神の姿を目にして、息を飲む。


 ちょっとした山程はある巨大な体躯。そこから生える四本の脚と、暗闇の中で赤く光る眼を湛えた顔面。

 見るからに堅牢な甲羅を背負い、時折苦しそうな息遣いを響かせるその存在を目にしたこころが、唖然とした表情で口を開いた。


「これって……亀? それも、すっごく大きい……!!」


「これが、五百年間……いや、それ以前からこの土地を守り続けてきた神獣の正体。巨大な一体の亀と、その脚に巻き付く四頭の蛇で構成される……いや、もう、か。彼の半身は、既に滅びてるんだからね」


 黒々とした巨大な亀。そして、今しがた自分たちが目にした四頭の蛇たちの遺体。

 その二種類の生物を模った存在として顕現していた神獣の姿を目の当たりにした燈が、数百年の長きに渡って煙々羅と戦い続けた守り神の名を口にする。


「まさかこいつ……か!? 北方の守護神って呼ばれてる、あの!?」

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