祠の内部へ

「ここです。ここが、八岐大蛇が封印されている祠です」


 妖の包囲網から脱し、暫し走り続けた燈たち一行は、玄白の誘導の下、目的地である祠へと辿り着いた。

 天然の洞窟を基に作り出されたその中に駕籠のまま突入するというわけにもいかず、乗物から降りた面々は、薄暗い洞窟の内部を見つめてごくりと息を飲む。


「……この中に、守り神さまと共に五百年前の真実が眠っているんですね」


「我ら鷺宮家が長年に渡って目を逸らし続けてきた真実と対面する時が来た、というわけか……」


 百合姫と雪之丞の言葉に、二人の両親もまた緊張した面持ちを浮かべて暗闇の先を見やる。

 この先に待つ守り神と五百年前の真実に一行が思いを馳せる中、こちらへと迫る妖気を察知した燈たちは、武神刀を引き抜くと戦闘態勢を取った。


「……おいでなすったか」


「オォォォォォォォォ……!!」


 すぐそこにまで迫った妖の気配を感じた燈が呟きを漏らすと共に、四方八方から集った黒煙が渦を巻いて不気味な唸りを上げる。

 徐々に、徐々に……見上げるほどの大きな人型へと変貌していく煙を見つめる一行の前で、煙々羅は遂にその本体とも呼べる姿を露わにしてみせた。


「マ、シロ……!! マシロォォォォッ!!」


 ゆらり、ぐらりと揺らめく黒い煙。

 それで構成された体は咆哮と共に震え、弾け、しかしてすぐに元の部位に戻るように旋回する。


 鬼よりは小さい。されど、人よりは十分に大きいその身の丈。

 ただ、煙で形作られた体はその大きさに反して鈍重さを感じさせず、さりとて不穏な妖の気配を一般人であるこころにも感じ取れるくらいに解き放っていた。


「あれが呪いの元凶、煙々羅の真の姿……!?」


「どうやら、分けていた体を一つの纏めたようですね。ここからは数ではなく、質で勝負をしようということか」


 呟きを放つや否や、蒼が気力を込めた水の斬撃を煙々羅へと放つ。

 薄く鋭い水の刃が飛び、煙で作り出された妖の体を両断するも、即座にその体は繋がり合い、何事もなかったかのように修復されてしまった。


「斬る攻撃が通用しないのなら、全部纏めて、吹き飛ばすまで」


 次いで、涼音が分身体の妖にそうしたように、気力で巻き起こした突風で煙々羅を吹き飛ばす。

 煙の妖である煙々羅はその風に吹き飛ばされて雲散霧消するも、一呼吸もすれば燈たちの目の前で再生を開始する有様であった。


「分身を集めた分、再生能力も上昇してるというわけか! 厄介な相手だな……!!」


「なら、次は俺がっ!!」


 蒼の水。涼音の風。そのどちらもが煙々羅に決定打を与えられないと踏んだ燈が、続いて炎での攻撃を試みようとする。

 しかし、隣に立つ蒼は彼の行動を制止すると共に、守り神が眠る祠の方へと視線を向けながらこう指示を出した。


「燈、君は椿さんとやよいさんを連れて、鷺宮家の人たちと一緒に守り神に会いに行くんだ。僕たちが煙々羅をここで食い止めている間に、目的を達成してくれ」


「待てよ、蒼。陰陽術に詳しいやよいはともかく、俺が守り神に会いに行く理由があるか!? 足止めをするってんなら、人では多い方がいい。体力も気力も桁違いの俺なんか、その役目にぴったりじゃねえかよ!?」


 団長の指示を受けた燈は、足止めの役目こそ自分に相応しいと祠への突入の役目を他の人物と交換すべきだと申し出た。

 確かに彼の言うことには一理あるのだが、その発言に対して首を振った蒼は、再生途中の煙々羅の姿を一瞥してから再び燈へと向き直り、言う。


「君じゃなきゃ駄目なんだ。最初の戦いの時、守り神は君の精神に干渉し、何かを伝えようとした。あの時、守り神が君を選んだのには何か理由がある。守り神に会い、五百年前の真実を知るためには、君の存在が必要不可欠なんだよ」


「だが――っ!!」


 自分たちの攻撃を受けても即座に再生を行う煙々羅は間違いなく強敵だ。

 その相手を、蒼たち三人に任せてしまうことに心苦しさを覚える燈であったが、その肩を蒼が力強く叩く。


「銀華城の時とは逆で、今度は君が僕を信じる番だ。大丈夫、今回の敵は一体だけだし、頼りになる仲間もついてる。僕を信じろよ、燈。君たちが戻って来るまで持ち堪えるなんて、お茶の子さいさいだからさ」


 蒼の言葉に、同じく足止め役を担う栞桜と涼音も大きく頷いてみせる。

 ここまで言ってみせた彼らを疑い、足を止めることは、仲間を信じていないということに他ならないと、蒼たちの強さを知る燈は、その言葉に覚悟を決め、『紅龍』を鞘へと納めた。


「わかった。出来るだけ早く戻る。それまでの間、煙々羅の奴を頼んだぞ!」


「ああ、そうしてくれ。あんまりにも遅いと、僕たちがあいつを倒す方法を見つけちゃうかもしれないよ?」


 少しおどけながら、強がりを言う蒼。

 その言葉に小さく笑みを浮かべた燈は、鷺宮家の人々を引き連れて祠へと突入していく。


「やよいさん、中での指揮は、君に任せる。みんなを頼んだよ」


「了解! 蒼くんたちの方こそ気を付けてね! そんじゃ、ぱぱっと行ってきま~す!!」


 殿を務めるように最後尾に付いたやよいは、入り口に残る面々へと軽い口調でそう告げると、風のように走り去っていった。

 その迅速さを見て取った蒼は、彼女もそれなりに焦っているのだなと……珍しく動揺を感じさせるその姿に自分たちの危機を再確認しながら、改めて『時雨』を構える。


「……で? さっき燈にああ言ったが、本当にあいつを倒す方法なんてあるのか?」


「ん? ……取り合えず、思い付く限りの攻撃方法を試してみる、とかかな」


「つまりは無策ってわけね。……上等。倒すことは出来なくとも、ここから先に進ませないってだけなら、十分に対応可能」


 巨大な大剣の『金剛』と、疾風を纏う『薫風』を構え、蒼と共に並び立つ栞桜と涼音。

 視線の先で再生した煙々羅は、この場に標的である百合姫の姿がないことに気が付くと、狂ったような大声で叫び、蒼たちへと突進してきた。


「マシロォォォォォォォォォォォォォッ!! グロォォォォォォォォォォッッッ!!」


「僕が言うのもなんだけどさ、しつこい男は嫌われるよっ!!」


 大剣が頭を潰し、竜巻が足を薙ぎ、水刃が胴を裂く。

 気力を込められた攻撃に煙を血のように噴き出し、さりとて即座に再生してみせる煙々羅の能力の厄介さに舌打ちを鳴らしながらも、蒼たちは祠に突入した面々を信じ、時間稼ぎの役目に没頭するのであった。



―――――


18時にもう1話投稿します!

そちらもお楽しみに!!

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