一方その頃、屋敷に残った大和国聖徒会は……


「こ、これだけ……? 今、まともに動ける人員は、たったこれだけしかいないのか!?」


「は、はい……他は怪我が酷かったり、未だに気を失ってたりしてて、すぐに動くことは難しいかと……」


 一方その頃、鷺宮邸に残る選択をした匡史率いる大和国聖徒会の面々は、比較的軽傷の者同士で広間へと集合していた。


 ざっと数える……までもなく、この場に集まった者の人数は匡史を含めても両手の指で数えられる程度。

 三十名近くはいたはずの部下たちが三分の一以下の人数に減ってしまったことや、この場に集まった彼らも決して無傷ではない状況に匡史が愕然とする中、一人の生徒が口を開き、質問を投げかける。


「か、会長、これからどうするんですか? 黒岩さんももう戦えないんですよね?」


「こんな妖だらけの場所にいられるわけないじゃないっすか! 取り合えず俺たちだけでもここからおさらばしましょうよ!」


「う、うぅむ……」


 正直、匡史だってそれが出来るのならそうしたいという気持ちで一杯だ。

 しかし、今の自分たちの戦力を鑑みると、何が起きるか判らない外に出るのは危険だという考えがその行動を実行に移すことを躊躇わせていた。


 ご存じの通り、大和国聖徒会を構成しているメンバーは、燈と同じ元下働き組の生徒たちであり、それ即ち最初の気力測定で落伍者の烙印を押された者たちということである。

 加えていうならば、竹元軍に所属していた頃からまともな修行等を行っておらず、武神刀の能力を使えるだけで満足して慢心していたという体たらくの男たちである。


 まあ、集団を率いていた長が順平であり、そこから匡史とタクトへと変化こそしたものの、彼らも自身の気力量や武神刀の能力に胡坐をかいて技術を磨くということをしていなかった部分が共通しているのだから、それを見た部下たちも同じような行動を取るのは当たり前のことであろう。


 今の自分に与えられた手札は、精鋭とは程遠い弱兵がほんの五、六名程度。

 いくら匡史の武神刀で強化を施せるといっても、無限に湧き出す妖たちの襲撃を切り抜けながら鷺宮領を脱出するには手駒が足りな過ぎる。


 つい先ほどまでこの邸宅を囲んでいた妖たちは、大半が蒼天武士団に倒されたり、その後を追って行ったりしたお陰で数を減らしてはいるが、うっかり外に出たばっかりに敵と遭遇することになったなんてオチがつくのだけは勘弁だ。


 となると、自然と匡史の取るべき策は籠城の一択となる。

 正確には屋敷を守るための籠城ではなく、燈たち蒼天武士団が事態を解決してくれるまで息を潜めてこの家の中に引き籠り続けるという何とも情けのない、策とも言い難い選択ではあるが、命を長らえさせるという意味では最も賢い選択ともいえた。


「よ、よし! 取り合えず今晩はこの屋敷で待機し、日が出てから脱出といこう! それまでの間に戦力も増えるかもしれないし、視界が通らない闇夜に脱出作戦を起こすのは危険過ぎるからな!」


 リーダーである匡史の意見に盲目的に従う聖徒会のメンバーたちは、取り合えずここにいれば安心だという彼の言葉を信じ切っている。

 実際には、鷺宮領にいる限りは危険が常に付きまとっているのだが、大きな家の中にいるという現状がこの中は安心だという根拠のない錯覚ともいえる考えを彼らの心に植え付けていたのだ。


 そして、その錯覚を信じ込んでいるのは、他ならぬ匡史もそうである。

 この屋敷の中も、外も、等しく危険であるというのにも関わらず、彼はここは絶対的な安全領域であると何故だか思い込んでしまっていた。


「と、取り合えず、見張りを立てて周囲の状況を警戒しよう。残る者は少しでも休んで、体力を回復させるんだ」


「じゃ、じゃあ……最初の見張りはお前がやれよ。お前が一番、傷が浅いだろ?」


「馬鹿言うな! そんなこと言うくらいならお前がやれって! 俺たちみんな、怪我の具合なんて同じくらいだろうが!」


「いたたたた……! 急に傷口が痛んできたぞ……!!」


 見張りを立てるという匡史の言葉を聞いた瞬間、生徒たちはこぞってその役目を他人に押し付けるための行動を取り始める。

 完全なる不意打ちを受け、命からがら生き延びた彼らにとっては、これ以上の疲弊を招く仕事などやりたくないというのが本音であった。


 だからこそ、こうして一秒でも早く体と心を休ませるために、見張りの役目から脱しようとしているわけなのだが……団結も思いやりもないその行動は、流石かつて燈を犠牲にして利益を取った集団としか言い様がない。


(何という醜い連中だ。集団としての基礎がまるでなっていないじゃないか……)


 とまあ、そんな部下たちの醜態を呆れる匡史であったが、彼にも自分が見張りをやるという意思が端から存在していないこともまた確かだ。

 同じく団長という立場にある蒼が護衛の旅の初日に自ら寝ずの番を引き受けたことを考えると、その差は歴然というものだろう。


 団長と部下は合わせ鏡。長が仲間を思いやらないのであれば、それに従う者たちもまた仲間のことなど大事に思うはずがない。

 あれだけ頼りにしていたタクトのことも、彼が戦えなくなった今現在では冷たく見放して誰も心配していないことからも明らかである通り、この場に集まった連中は自分の命だけが大事で、他のことなどどうだっていいのだ。


「とにかく態勢を整えて、朝までこの屋敷に立て籠もるぞ! その後のことは、状況を見てフレキシブルに対応をだな――」


 見張り番の押し付け合いを行う部下たちを宥め、不透明な状況を誤魔化すような発言を繰り返す匡史はまだ知らない。

 これより暫く後、命からがら逃れてきた大量の領民がこの屋敷に殺到するということを。


 彼らを内に入れることを恐れ、救いの手を差し伸べることもせずに閉じ籠る選択をした結果、彼らの暴動を招き、強引に防備を突破されてしまうということを。

 その後、肩身の狭い思いをしながら屋敷内で縮こまり、朝を迎えるまで大和国聖徒会全員で部屋の片隅で過ごすことになるということを。


 そして何より……彼の身に降りかかる最大の不幸は、この事態が解決した後にやって来るということを、今の匡史が知る由もなかった。


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