記憶の中の、過去へ


 神や妖に詳しくない自分ですら知っている大物の登場に驚く燈。

 中国で知られる四神の一角であり、日本でもその名を広く認知されている玄武という存在が目の前に在ることを驚く彼へと、やよいが言う。


「へえ、そっちの世界ではそんな風に知られてるんだね。大和国では、玄武は武神……主に守戦においては右に出る者のいない神獣として祀られてるんだ」


「そういえば、何かで聞いたことがあるよ。日本ではあんまり馴染みがないけど、元々玄武は四神の中でも戦いを司る神様だったって。今は白虎の方がそのイメージが強いみたいだけど……」


「ほほぉ! そっちにも白虎はいるんだ!? そっちはそっちで、攻める方の戦を得意としてる神様だけど……純然たる能力でいえば、玄武の方が上だってこっちでは言い伝えられるかな」


「マジかよ。でも、そんなビッグネームがどうしてこの土地に?」


 何度もいうが、玄武というのはあらゆる神の中でも相当に知名度の高い存在であり、それに伴って持つ力や称える人の数も大きく、多くなるだろう。

 そんな神様がどうして、鷺宮領という小さな土地の守り神などという立場に甘んじているのか? という燈の問いに対して、やよいはこう答える。


「う~んとね……一口に玄武といっても、その存在は唯一無二ってわけじゃないの。ほら、鬼って種族でも色んな個体がいて、その中でも下っ端と親玉に分かれてるでしょう? この子は、玄武の中で親玉になれなかった存在。一族の陰にあぶれた、都落ちした玄武って感じかな?」


「お、おいおい、神様に対してその言いぐさはないだろうがよ……」


 燈の突っ込みを受けたやよいは苦笑しつつ、目の前の玄武の名誉を守るために幾つかの補足事項を言い加えた。

 曰く、玄武という存在の力は並みの妖とは比較にならず、今、代表格となっている存在と目の前の個体の力の差はほとんどないであろうということ。

 鷺宮領を襲い続けている煙々羅とも互角以上どころか、領地の人々の信仰心を受け、十全に力を振るえたのならば、まず負けることはなかったであろうということ。


 そして何より、この地を愛し続けていたからこそ、鷺宮家や領民たちから謂れのない誤解を受け、呪いの根源として扱われようとも守り神としての責務を放棄しなかったということをやよいの口から聞いた百合姫は、彼女の手から御神体を受け取ると玄武へと近付き、瞳に涙を浮かべながら彼へと声をかけた。


「あなた様が、私たちを守り続けてくださっていたのですね……! そんなあなたにこんな酷いことをしてしまって、本当に申し訳ありません……!」


「………」


 百合姫の涙ながらの謝罪にも玄武は何も答えない。

 もう、何か反応を起こすだけの余裕すらないのかもしれないと、弱り切った守り神の姿を見つめていた燈は、その玄武から視線を向けられ、びくりと背筋を震わせる。


「なんだ? 俺になんか用があるってことか?」


「………」


 赤い瞳でじっと自分を見つめる玄武に問いかけようとも、彼は一切の反応を見せない。

 しかして、この場に自分を送り出した蒼の言葉と、これまでの玄武の行動を思い返した燈は、彼が何かを自分に伝えようとしていることを確信していた。


「……百合姫さま、御神体を燈くんに渡してくださいませんか? 燈くんはそれを持って玄武の近くに行って」


「あ、ああ……」


「わかりました」


 やよいに言われるがまま、百合姫からひび割れた御神体を受け取り、それを手にして玄武へと近寄る燈。

 一歩、また一歩と、巨岩を思わせる体躯の亀に近付く度に緊張感が心に走るも、相手からは自分の接近を拒む雰囲気が発せられないことにも感付いていた。


「見て、御神体が……!!」


 そうして、玄武へと接近する燈の手の中にある御神体の光が、両者の距離が縮まるごとにどんどん増していることに気が付いたこころが仲間たちへと呟く。

 百合姫をはじめとした鷺宮家の人々がその光景に息を飲み、何かが起ころうとしていることを予感する中……玄武のすぐ目の前に到達した燈の手の中で、御神体が発する光が大きく膨れ上がり、弾けた。


「うおっ……!?」


「きゃあっ!?」


 周囲を包み込む程の光の強さに目を覆い、驚きの声を漏らす一同。

 ややあって、その光が収まったことを瞼の裏から感じ取った燈たちが恐る恐るといった様子で目を開けると――


「あれ……? ここ、は……?」


 ――似ているようで、違う。そんな感想を抱かせる洞窟の光景を見て取った百合姫が、驚きと共に声を漏らす。

 ただ薄暗く、生臭い血の臭いが漂っていたはずの洞窟には陽光が差し込んでおり、それに伴って僅かばかりながらも草花の緑も見受けられる。


 何より、先程までそこらに転がっていた蛇の頭が無いことを見て取った彼らは、同時に自分たちのすぐ近くにいる玄武の脚に四頭の蛇が巻き付いていることにも気が付いた。


「これって、まさか……!?」


「うん。これは、玄武の記憶の中の世界。あたしたちは今、彼の記憶を見せてもらってるの」


 かつて、蒼と共に絡新婦じょろうぐもの記憶に潜り込んだことのあるやよいは、薄々とこの世界が何であるかに気付き始めた一同の考えを肯定するようにそう呟く。

 あの時と同じく、相手の一部である御神体を媒介としてその意識に招かれたのだと理解している彼女が周囲の状況を確認する中、どこか聞き覚えのある声が洞窟の中に響いた。


『うわぁ~……!! とんでもないものを見つけてしまったわ! あなた、この土地の守り神なんでしょう? そうでしょう!?』


『ぐぅ……?』


 元気いっぱい、といった様子のその声に反応したのは燈たちだけではない。

 記憶の中の玄武もまた、恐らくは自分に向けて発せられたであろうその言葉に反応し、長い眠りから目を覚ましたように瞼を開き……きらきらと瞳を輝かせる少女の姿を双眸に映す。


『冒険は大成功だわ! 守り神を見つけ出せるだなんて、私の未来を明るく照らすような発見じゃない! うんうん、とってもとっても幸先が良いのだわ!!』


「あ、あれ、は……!?」


 そう、神である玄武に対しても物怖じせず、子供らしい無邪気な態度で接する少女の姿を目にした百合姫が驚きに目を見開く。

 着ている服や髪の長さなど、細やかな差異こそあるものの……その少女と、鏡で目にする自分自身の姿は本当に瓜二つで、双子の姉妹だと言われても信じてしまいそうになるほどだ。


 ここが玄武の記憶の世界であることと、煙々羅が想い人とよく似た女性を追い求めていることを知っている百合姫は、目の前の少女こそが煙々羅の真の標的であり、鷺宮家の初代当主であるであることを理解し、はっと息を飲んだ。

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