真相・二


「う、うぅ……うぅぅぅぅぅ……」


「まだ何か裏があるってのか? これ以上、何を隠してるっていうんだよ!?」


 蒼の最後の質問を受けても、玄白はただただ唸り、俯き続けるだけだ。

 そんな彼の様子から、今の質問こそが最も聞かれたくないものであることを悟った燈は、愕然とした気分を抱きながら蒼と玄白を交互に見やる。


「……燈、君も不思議に思わなかったかい? どうして、百合姫さまの婚約相手の素性について、玄白さんが口を閉ざし続けたのかって。その答えはすべて、今の質問がカギを握っているんだ」


 静かに語る蒼の横顔は何処か寂し気だ。

 自分を頼ってくれたはずの玄白を問い詰め、追い込んでいることに対しての苦しさや悲しみがこみ上げているのだろう。


 しかし、団を預かる者として、彼の行動は容認出来ない。

 全てを見透かしていると思われる蒼が、敢えて玄白の口からその事実を聞き出そうとしているのは、自分たちや百合姫に対する裏切りのけじめをつけさせたいからなのだろうと、燈は思った。


「お父様……まだ、何か隠し事があるんですね? 命を懸けて私たちを守ってくれた燈さまたちに、不義理を働いているんですのね?」


「ゆ、百合姫、私は……」


 自分へと声をかけてきた百合姫へと、今にも泣きそうな表情を向ける玄白。

 父の情けない姿を目にしながら、少しだけ悲しそうな顔をした百合姫は、ゆっくりと首を左右に振ってから彼に語る。


「お父様にはお父様なりの考えがあったことは、私も理解しています。しかし、その策を成就させるために、当事者である私はまだしも、燈さまたち蒼天武士団の皆さまや、護衛を務める武士たちを利用したことは許されざる行いです。彼らは皆、私たちを守るために必死になって戦い続けてくれました。実際に刀を振るうだけではなく、夜間の警備や移動経路の考案、他にも様々な部分で彼らは私たちに尽くしてくれたのです。お父様は、そんな彼らに対して、申し訳がないと思わないのですか?」


「それ、は……」


 ……どちらが親で、どちらが子供なのか、これでは判らないな、と燈は思った。


 不義理を働いたことを親である玄白へと説教する百合姫の姿は、まだ十を少し過ぎた子供とは思えないくらいに堂々としている。

 自分たちのために全力を尽くしてくれた護衛の武士たちの努力と奉公を心から感謝しているからこそ、父がそれを裏切っていたことが許せないのだろう。


 玄白が、自分にも計画を黙っていたことは二の次にして、燈たちのために彼女は怒っている。

 そんな百合姫のことを本当によくできた姫君だと思うと同時に、彼女を立派に育てた玄白にもまた、それに見合うだけの善性が残っているはずだと期待を込めた眼差しで燈は彼を見やった。


「お願いです、お父様……皆さまに対して謝罪の気持ちや、感謝があるというのならば、正直に蒼さまの質問に答えてください。それが、今のお父様に出来る唯一の罪滅ぼしです」


「う、うぅぅぅ……っ! すまない、すまない、百合姫……! 私は、私は……っ!!」


「……謝る相手は、私ではありません。まず最初に、その言葉を告げるべき人たちがいるでしょう?」


 百合姫の言葉に、畳に突っ伏したままの玄白が小さく頷く。

 そのまま、体を反転させた彼は、深々と土下座をしながら蒼たちに向けて謝罪の言葉を口にした。


「蒼天武士団の皆さま……この度の非礼、誠に申し訳ありませんでした。全ては蒼殿の仰った通り。我々は、八岐大蛇を討伐するためにあなたたちを利用していたのです……」


「……して、その計画を我々に伝えなかった理由は?」


「……そう、命令されたのです。最初に相談を持ち掛けたさるお方から、このことは口外してはならぬと、親である私たちと雪之丞以外の誰にも伝えてはならないと、きつく言いつけられました」


「何だよ、それ? どんだけ秘密主義なんだよ、その結婚相手ってのは……?」


 玄白が自分たちにこの作戦について伝えなかった理由は、相談を持ち掛けた結婚相手に命令されたからだということは判った。

 だが、その男がどうしてそんな命令を下したのかが判らない燈が首を捻っていると、全てを見透かしている蒼がそのことについて語り始める。


「妙だと思うだろう? 計画についてを語らせないのは理解出来るが、自身の素性についても硬く口止めする理由はそうそう見当たるもんじゃない。八岐大蛇の討伐が成功すれば、どのみち僕たちとは顔を合わせることになるんだ。だったら、最初から素性を明かしても問題はないはずだろう?」


「素性を明かせない理由があるってことか? でも、それっていったい……?」


「……玄白さん、もう一つお答え願いたい。あなたはその相談相手から、僕たち蒼天武士団に護衛を依頼するよう勧められたのではないですか?」


「は、はい、仰る通りです。百合姫の護衛は蒼天武士団に依頼するよう、そのお方は強く私に言い聞かせになりました」


「……あたしたちを利用することも、計画の一部に加えられてたってこと? なんでそんなことを……?」


 玄白が蒼天武士団に依頼を送ったのは、ただの偶然ではない。

 相談を持ち掛けた相手からの直々の指名であったということを知ったやよいは、自分たちを八岐大蛇討伐作戦に利用することも目的の一つであったのだということを悟るも、その理由までは思い付いていないようだ。


 逆に、そこである可能性へと思い至った燈は、口元を右手で覆うと……蒼に視線を向け、答え合わせをするようにその考えを声に出した。


「……、か? 俺たちを利用して、一杯食わせてやろうっていうだけの狡い真似をしたってのか?」


「えっ……!?」


 燈の言葉に、蒼が残念そうに頷く。

 彼らのやり取りを目にした者たちは驚きに目を点にして絶句しており、その中でも百合姫は信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていた。


「待て! ということは、百合姫さまの結婚相手は、私たちに恨みを抱いている者ということか!? 憎い私たちを自分の結婚に利用して、留飲を下げようとしたということなのか!?」


「そういうことになるね。ただそれだけのために、僕たちをこの作戦に巻き込んだってわけだ」


「でも、誰がそんなことを? 急速に名を上げた蒼天武士団を苦々しく思う人間なんて山ほどいるでしょうけど、わざわざこんな回りくどい方法で、しかも強敵であr八岐大蛇の討伐を引き受けてまで復讐を果たそうとする奴なんて――」


「……まさか」


 栞桜と涼音が疑問を浮かべる中、こころはある人物の顔を思い浮かべた。

 それは燈も同じだったようで、片方は怒りを、もう片方は驚きの感情を表情に浮かべたまま、全ての答えを悟っている蒼へと視線を向ける。


「……僕たちに素性を知られたくないってことは、名前を知られたら困るってことだ。少なくとも、作戦が完了するまでは僕たちに正体を隠していたかったってことから考えると――」


「――八岐大蛇の討伐を目論んだ人は、あたしたちの知り合いってことになるね」


 やよいの言葉に頷き、静かに瞳を閉じる蒼。

 そこからは簡単な話で、燈は自分たちの知り合いの中でこんな悪趣味な真似をする人間と、その策を実行出来るだけの条件を頭の中で浮かべ始める。


 まず、貴族である鷺宮家から相談を持ち掛けられるような一定の立場がある人間。

 加えて、八岐大蛇を討伐出来るだけの腕利きが揃った軍団を所有していることも条件だ。


 百合姫と結婚するというのだから、性別は男に決まっているだろう。

 そこに、先にあげた悪趣味さや蒼天武士団に恨みを持っているという条件を加えれば……自ずと、答えは絞られる。


「げ、玄白、さん……! あなたが相談を持ち掛けた相手って、もしかして……」


「はい……、です……」


 震える声で尋ねたこころへと答えを返した玄白を、燈はじっと見つめる。

 そして、思い当たった人物の名前と顔を頭の中で思い浮かべながら、からからになった口の中から搾り出すようにして質問を発した。


「その、異世界の英雄の名前、ってのは……」


 蒼天武士団の存在を知っている、自分たちに恨みを持つ男。

 かつて、自分が立てるはずだった手柄を燈たちに奪われ、自業自得の末に栄光の座から引き摺り下ろされたその男の名を、燈が口にする。


聖川匡史ひじりかわ ただし……ですか?」


「……はい」


 銀華城奪還戦での失態で全てを失ったはずの匡史との、予想だにしていなかった再会。

 それを予感させる玄白の返事を聞いた燈の胸は、怒りと悲しみが入り混じった複雑な感情で満たされていった。

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