真相・一

「囮……? 私たちが、囮、ですって……!?」


「どういうことだ? 玄白さんは、何を考えてそんなことを……?」


「単純な話だよ。全ては、鷺宮領に潜むだったんだ」


 蒼の答えに、ある者は合点がいったという表情を浮かべ、またある者はまだ理解が及ばないといった顔をしている。

 後者の代表である百合姫が、父が自分にまで隠していたその策を初めて耳にしたショックで今にも気を失ってしまいそうになっていることを心配しながら、燈は尚も詳しい説明を求めて蒼へと視線を向けた。


「……玄白さん。あなたは最初、東平京に住む百合姫さまの結婚相手に八岐大蛇の討伐を依頼した。百合姫さまを自分の下に呼び寄せて側室としたい結婚相手はあなたの依頼を承諾し、八岐大蛇の討伐に挑むことになったが……相手は元は守り神と呼ばれた存在、まともに戦っては骨が折れる。だから、あなたたちは一計を案じることにした」


「それが、囮作戦だってことか?」


 こくりと燈の言葉に頷いた後、俯いている玄白へと視線を戻した蒼は、ぶるぶると震えて何も言えないままの彼へと自分の考えを述べ続けた。


「八岐大蛇が力を十割使える状態でぶつかり合えば、百合姫さまの結婚相手をはじめとした鷺宮領の人々にも大きな被害が出かねない。だから、まずは敵の目を別の場所に惹き付け、全力で戦えなくする必要があった。そのためにあなたは、八岐大蛇の呪いを利用したんだ」


「鷺宮真白と瓜二つの女性が領地の外に出ようとすると、それを拒むために八岐大蛇が襲い掛かる……つまり、百合姫さまが領地の外に出れば、八岐大蛇の意識はずっとそちらに向いていて、襲撃の際には相応の力を消耗する……!」


「八岐大蛇が生み出した分身が百合姫さまを襲い、僕たちと戦っている最中に、鷺宮領に準備しておいた戦力が本体を討ち取る。これがあなたたちが考えた囮作戦だ。そして、それは見事に完遂された。雪之丞さんからの手紙は、それをあなたに伝えるためのものだったんでしょう?」


「うぅぅぅぅ……」


 がくりと、その場に崩れ落ちる玄白。

 そんな彼を見つめる百合姫の表情は、悲しみと驚きが入り混じった複雑な色に染まっている。

 実の父親が、自分に何も伝えずにその命を危険に晒していたというのだから、そのショックも当然だろう。

 

 自分たち同様、玄白に裏切られたといっても過言ではない百合姫の味わった苦しみを慮った燈がそっと彼女の手を握れば、百合姫の小さな手は八岐大蛇に襲われた時とは比べ物にならないくらいの震えを起こしていることに気が付いた。


「……そっか。そう考えれば、これまで感じてた疑問にも答えが出るんだ」


「ああ……玄白さんが僕たちに討伐依頼ではなく護衛依頼を出したのは、既に討伐に当たる部隊が用意されていたから。わざわざ安全な道を外れて悪路を進む選択をしたのは、八岐大蛇に襲われることで討伐部隊が本体を叩くための隙を生み出したかったから。そして、燈が感じた八岐大蛇が自分の攻撃を受ける前に倒されたって感覚は――」


「鷺宮領の部隊が、本体を倒したから……ってことか」


 ようやくすべてを理解した燈が口にした一言を、蒼が頷いて肯定する。

 逆に、何一つとして彼の言葉を否定出来ないでいる玄白へと、百合姫が震える声で問いかけを発した。


「どうして、何も言ってくださらなかったのですか……? お兄様も、お母様も、全て知っておられたのですよね!? 私はまだしも、どうして燈さまたちや付き添いの皆さまにこんな大事な情報を伝えなかったのです、お父様……!?」


「……単純に、情報の漏洩を防ぎたかったということもあるでしょう。百合姫を付け狙う八岐大蛇が、どこで聞き耳を立てているかわからない。出来る限りの不安要素を排除したいという気持ちも理解出来ます。しかし――」


 そこで一度言葉を区切った蒼が、床に崩れ落ちた玄白の肩を叩く。

 はっとして顔を上げた彼が見たのは、とても辛そうにしている青年の姿であった。


「……これは、我々にとっての初仕事でした。世に蔓延る妖の驚異から人々を救うために旗揚げした蒼天武士団が、全霊で当たろうとした初めての依頼です。その依頼主が、最初から我々を騙していただなんて思いたくなかった。実の娘を守ってくれと我々を頼ってくれたあなたが、その娘を利用した策を練り、あまつさえそれを彼女に秘密にしたまま実行するような人間だなんて、考えたくはなかった……!!」


「蒼、さま……」


 悲痛な蒼の言葉は、それを向けられた玄白だけでなく、この場に居る全員の胸に突き刺さった。

 燈は、彼のその言葉を耳にして、どうして蒼が確証を得るまでこの話を自分たちにしなかったのかを理解する。


 彼は、最後まで玄白を信じたかったのだ。

 自分たちを頼ってくれた彼を、娘を守ってほしいと依頼した彼を、武士団の代表として信じ抜きたかった。


 依頼主である彼が、鷺宮家の人々が、自分たちを騙そうとしているわけがない。百合姫の命を危険に晒すような真似をするわけがないと……そう、信じたかった。

 どれだけの状況証拠が揃おうと、全ての話に裏付けが取れる可能性を見出そうとも、それを仲間たちに伝えなかったのは、蒼天武士団が依頼主を信じなくなるような事態は避けたいと、そう考えたからなのだ。


 初めての依頼で依頼人を疑うなんて……と、愚痴っぽく漏らした彼の言葉を思い出したやよいには、蒼の無念が痛い程に理解出来た。

 全幅の信頼と全力を尽くしての依頼の遂行を目指していた蒼にとって、玄白の裏切りにも等しいこの行為は相応のショックを与えたであろう。


 しかし……まだ、全てが明らかになったわけではない。

 蒼天武士団にとっても、百合姫にとっても、最も苦しく、痛々しい真実を明らかにしなければならないことが、一つだけ残っている。


「……玄白さん、これで最後です。あなたの誠意と、親としての情を信じて、僕は今から一つの質問をします。それを、あなたは答えなくともいい。嘘を吐いたって構いません。ただ、ただ……あなたが自分のしたことに対して、罪悪感を抱いているというのなら……正直に、お答え願いたい」


 びくりと、蒼の言葉を受けた玄白の体が震える。

 威圧感とも、脅迫感ともまた違う、自分自身の内側から湧き出す罪悪感によって覚えてしまう苦しみを抱きながら、彼は蒼から、最も受けたくなかった質問を投げかけられた。


「……この策を、我々に秘匿し続けた理由はなんですか? 情報漏洩を危惧していたことが、最大の理由ではないのでしょう? どうして、話してくださらなかったのですか?」

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