蒼とやよいの考察

「……とまあ、そんな感じらしいよ! 百合姫ちゃんが見た光景とか、鷺宮真白の婚約者さんの情報とか、色んなことがわかったね」


「うん、そうか……姫さまから話を引き出すきっかけを作ってくれた燈に感謝しないとな……」


 それから数分後、予想通りに起きていた蒼へと百合姫たちから聞いた話を報告したやよいは、座布団の上で胡坐をかきながら何事かを考える蒼を見つめていた。

 やや俯きがちになり、顎に手を寄せて思考を深めていく彼のことを数秒間だけ待った後、何の反応もないことを確認した彼女は、すっくと立ちあがると準備運動を開始する。


「いっち、にー、さん、しっ! ごー、ろく、しち、はちっ!!」


 屈伸、伸脚、前後屈……と、声に出しながらお馴染みの体操を続けたやよいは、最後に腰を捻りながら蒼へと声をかけた。


「ねえ、蒼くん? その感じだと、何かを思い付いたんだよね?」


「へ? あ、ああ、思い付いたっていうかは、ちょっと気になるところがあるってだけで……」


「ふ~ん……? で? あたしはそういう時、蒼くんにどうしろって言ってるかにゃ~?」


「あ、あはははははは……」


 笑顔で、にこやかにそう語るやよいだが、その小さな体からは可愛らしい彼女には似つかわしくない一種の威圧感が放たれている。

 常々口を酸っぱくして言われているように、何かあったら一人で抱え込まず話せという彼女の言葉を思い出した蒼は、自分の悪癖を笑って誤魔化せないかと淡い期待を抱きながら、乾いた笑い声を口にしてみたのだが――


「まだ、お勉強が足りないかにゃ~? それとも、お尻ど~んされたくてわざとそうしてる? そんじゃあ、ご期待に応えて強烈なのを一発――」


「よし、わかった! 僕が悪かった! ちゃんと話すからそれは勘弁して!!」


 割と甘くないやよいが助走をつけて駆け出そうとする様に、大慌てで謝罪と制止の言葉を叫ぶ蒼。

 その言葉にそれでいいと頷いたやよいが再び座布団に腰を下ろしたことに安堵の息を吐いた彼は、すっかり彼女に躾けられている自分自身に心の中で苦笑を浮かべる。


 精神的にも肉体的にも、文字通りになと思いつつも気を取り直した蒼は、思い付いたことを話せと言わんばかりの眼差しを向ける彼女へと自分の意見を述べていった。


「昨日の戦いから、少し妙だと思っていたんだ。八岐大蛇が炎を使うことが、さ」


「ん? どういうこと?」


「前に話したかもしれないけど、八岐大蛇っていうのは本来は水神や山神として祀られる存在であり、火の神としての側面は持ち合わせていないはずなんだ。それが、あんなに強力な炎を吐くだなんて、どうにもおかしいと思ってね」


 水と山、つまりは自然の神として祀られる八岐大蛇が、それとは真逆の能力を持ち合わせていることに違和感を抱いていた蒼は、少し納得した様子のやよいへと更に話を続ける。


「もしかしたらあの炎は八岐大蛇が妖へと堕ちた時に得た能力なのかもしれないと考えていたんだけど……百合姫さまの見た光景が真実なら、八岐大蛇は神であった頃から黒炎の力を有していたことになる」


「そっか。八岐大蛇が妖になったのは、黛龍興に首を斬られ、鷺宮真白の封印を受けた後だもんね。暴走して真白を攫ったところまではまだ神様としての神格は有していたと考えるなら、その後の封印されている間に完全に妖として覚醒したと考えるべきなのか」


「まあ、真白を攫った時点で堕落していたと考えられなくもないけど……やっぱり、どうにも腑に落ちない。仮に妖に堕ちたとして、どうして能力が反転したんだろう?」


「蒼くんが疑問に思ってるのはそこの部分なんだね。そういえば、燈くんも聞いた話に納得してなかったな……」


「燈が? いったい、何処の部分に?」


「えっとね、実は――」


 親友も八岐大蛇の逸話に疑問を抱いていたという話を聞いた蒼がぴくりと反応し、やよいへと詳しい情報を求める。

 彼の要望に応え、燈が黛龍興の武功について納得していなかったという話をしたやよいは、自分の話を聞いた蒼へと質問を投げかけた。


「とまあ、そういうことなんだけど……蒼くん的にはどう思う?」


「……着眼点は正しいと思う。君の言う通り、年代記なんてものは話が盛られていることが大半だ。鷺宮真白を守ろうとして命を落とした黛龍興のことを持ち上げるために、著者やその周囲の人物が武功をでっち上げた可能性だってある。ただ……」


「もしその話が嘘であるとしたら、どうして八岐大蛇は本気を出さないのか? って、ことでしょ?」


 やよいの言葉に蒼が頷く。

 同じ考えに至っている両者は、お互いに言葉を交わして意見を確認しあった。


「過去の大災害の話を聞く限り、八岐大蛇は封印されていて尚、首四本分の力を発揮出来るってことになる。なら、どうして昨日の戦いでは首一本の分身しか寄越さなかったんだ?」


「考えられる可能性は二つ。一、ほぼ無限に出現するあの黒い妖を生み出すためにはあたしたちの想像以上の力が必要で、そちらに妖力を回していたから首を一つしか出現させられなかった。二、何らかの理由があって、大災害を起こした時よりも力が弱まっている。だから、首を一つしか出現させられなかった」


「どちらも納得出来そうでそうじゃない。どうにも、疑問が残る考え方だ」


 前者の場合、そこまでして生み出した妖たちを自らの炎で焼き払ってしまった八岐大蛇の行動に矛盾が残る。

 確かに、既に蒼たちはあの妖たちへの対策を編み出していたし、所詮は自分の力で生み出した雑魚である彼らに遠慮した八岐大蛇が十分に力を発揮出来ないなんてことになったら、それこそ本末転倒だろう。

 しかして、それならば最初から妖など生み出さず、用いることの出来る全ての力を使い、四本の首を蒼たちの前に出現させた方がよかったのではないだろうか?


 後者の場合は撤退の仕方が気になる。

 あの時、八岐大蛇はまだ余裕があるように思えた。

 御神体の力と真白の封印が何らかの作用を起こし、彼を撤退させたとしても、誰一人として護衛の武士を仕留めず、その素振りすら見せなかった八岐大蛇の反応がどうしても気になってしまう。


「……やっぱり変だ。八岐大蛇にとっては、あの場所での戦いが百合姫さまを領地に引き戻す最大の好機だったはず。そこで全力を出さないなんて選択肢はないのに、どうして余力を残したんだ?」


「仮に何らかの考えがあって力を残したとして、今日戦いを仕掛けてこなかったのも変だね。百合姫ちゃんが領地から離れれば離れるほど、連れ戻すのは困難になる。分身や意識を遠くに飛ばすことだって、封印されている八岐大蛇からすれば結構な苦労になるはずだもん。近場で決着をつけたいって考えるのが自然だよね」


 考えれば考えるほど、矛盾点や違和感が綻びとなって溢れ出てくる。

 鷺宮家に伝わる逸話と百合姫が見た鷺宮真白の記憶、そして昨日の八岐大蛇の行動に対する疑問は次々と浮かび上がるも、それらを一つに結び付けることがどうしても出来ない。


 この話には、何か自分たちが想像もつかない裏があるのではないか……と、考えた蒼は、ふとあることを思い出して顔を上げた。

 同じように顔を上げ、何かを言いたげなやよいと視線を交わらせた彼は、小さく頷くと共にその考えを口にする。


「おかしな点はもう一つあった。だ」


「八岐大蛇討伐じゃなくて、百合姫ちゃんの護衛を頼んだ鷺宮家の人々の思惑……そこに、この問題の鍵が隠れてるってことかな?」


「かもしれないし、そうじゃないかもしれない。今までの考えも僕たちの勝手な考察で、確証もないしね。けど――」


 自分たちに依頼を持ち込んだ雪之丞。

 その母であり、娘である百合姫を心配し続けている菊姫。

 そして、鷺宮家の現当主であり、娘の嫁入りの挨拶にも同行している玄白。


 この三人が、何か自分たちに言えないような秘密を隠しているとは思いたくない。

 ただ、百合姫の婚約者の情報を頑なに秘匿したりと、妙な部分があることも確かだ。


「……嫌になるな。初めての仕事で、依頼人を疑うことになるだなんて……」


 自嘲気味に呟き、視線をやよいから外す蒼。

 困っている人を助け、妖の被害から人々を救うために結成された蒼天武士団としての初めての活動で、その依頼人に対する疑念を抱く羽目になったことへの愚痴を零した彼は、大きな溜息を吐くと共にもう一言呟く。


「……行くしかないか、東平京に。そこに、全ての答えがあると信じて」


「そうだね。それがあたしたちの仕事だし、今はそれに集中しようよ」


 自分を励ますように言葉をかけてくれたやよいに微笑みながら頷いた蒼は、それでも胸の内に残る違和感に軽く息を吐き、窓の外から見える夜空をただ黙って見つめるのであった。


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