黛龍興

「黛龍興は、鷺宮真白と同い年に生まれ、彼女の幼馴染として共に成長してきました。鷺宮領の誕生にも深く関わっており、かつてはばらばらであった近隣の村々を纏めようとする真白を補佐し、時に刀を振るい、時に献策を用いて領土の統一に貢献しました」


「幼馴染にして側近、ってことか……」


「左様です。その武功は凄まじく、我が鷺宮家の年代記に『鷺が龍を得た』との一文が残されるほど。戦に出れば鬼神の如く活躍し、敵を打ち倒してみせたそうです」


「それだけ強い人なのに、八岐大蛇には敵わなかったんだ……」


「確かに強い人だったんだとは思うけど、そこは書物に残された文献だからね。多少の誤差とか、ある程度は話を盛っていたとは思うよ」


「まあ、やよい殿の仰る通りでしょうな。ですが、龍興が強者であったことは間違いありません。何せあの八岐大蛇の首を四本斬り落としたとあるのですから」


 やよいの言葉を肯定しつつも、龍興は間違いなく強い武士であったと力説する玄白。

 その話を聞いていた燈は、ふとあることに気が付き、抱いた疑問を玄白にぶつけてみた。


「あの、龍興が八岐大蛇の首を四本落としたっていうのは、何処から出てきた話なんすかね? 鷺宮家の歴史を記した本には、八岐大蛇と龍興の戦いの詳しい内容は載ってないんでしょう?」


「確かにその通りです。実際に龍興が八岐大蛇の首を見た者は、恐らく彼が助け出そうとしていた鷺宮真白だけでしょう。しかし、その彼女も妖を封じるために命を落としてしまった……故に、ここから先の話は、年代記を記した者やその周囲の人々の想像も含まれていると思われます」


 そう言って言葉を区切った玄白は、書物に記載されていた文章を思い返すように腕を組み、出来る限り詳しい内容を思い出すために唸りながら、燈の問いに答えていく。


「真白と龍興は恋仲にして主従の関係にあり、その信頼関係は絶対でした。故に、真白は龍興に領内に住まう守り神である八岐大蛇のことや、奴と時折顔を合わせていたことを伝えていたそうです。だからこそ、龍興は真白がいなくなった時、真っ先に八岐大蛇の住処に向かえたのでしょう」


「真白から結婚の報告を受けた八岐大蛇は、嫉妬に狂って彼女を攫った……そこからの話は前に聞きましたけど、四つ首を叩き斬った証拠は何処にあるんすかね?」


「それは、真白と龍興が命を落とした後の記録にあるのです。後年、鷺宮領を八岐大蛇が襲い、外れの村々やそこに住まう領民たちの多くが犠牲になるという事件が起きました。数少ない生き残りの証言によると、村を襲ったのは数多くの黒い人型の妖と、四頭の蛇……黒の妖が人を襲い、四つ首の蛇が家屋を焼き払ったその事件は、忌まわしき出来事として当代まで伝わっております」


「……ん? それのどこが龍興が八岐大蛇の首を斬った証なんすかね……?」


 きょとんとした表情を浮かべ、未だに龍興の武勲の証を理解出来ないでいる燈に向け、やよいがフォローするように詳しく解説を行った。


「生き残った村人の証言では、目撃された蛇は四頭だけだった。ってことはつまり、八岐大蛇の八つの首の内、半分しか首が出現してないってことでしょ? 年代記に記されるほどの大災害を起こしたんだから、八岐大蛇も全力だったって考える方が妥当。ってことはつまり、その時点での八岐大蛇には、分身体として四頭の蛇しか出せない何らかの理由があったってことだよ」


「ああ、なるほど……! 無い首は出現させられないから、最大でも四頭の蛇しか出せなかったって、昔の人はそう考えたんだね」


 燈に代わって過去の人々の考えや、鷺宮家に伝わる伝承の意味を口にしたこころへと頷きを見せるやよい。

 しかして、彼女からの解説を受けた張本人である燈は、未だに首を傾げていまいち要領を得ていない表情を浮かべていた。


「それって、別に龍興が首を斬ったって証拠にはならなくないっすか? 鷺宮真白の封印のせいで力が全部出し切れなかったとか、他に要因がある可能性も否定出来ませんよね?」


「それは……そうかもしれません。しかし、仮に八岐大蛇が十全な状態であったとしたら、真白の封印はとっくに打ち破られているはず。現在までその封印が破られていないということは、奴は少なからず痛手を負ったと考えるべきでしょう。そして、それが可能だった人間がいるとすれば、それは黛龍興ただ一人のみなのです」


「う~ん……まあ、そうなるのかぁ……でも、いまいち納得出来ねえのは何でなんだろうな……?」


 玄白の話は筋が通っていると思いながら、未だに納得し切れていない様子の燈が唸り声を上げて何かを考え込む。

 そんな彼の様子に玄白は困り気味であったが、気を取り直すと話の締めに移っていった。


「武勲、知力、忠誠心……龍興は全てを兼ね備えた立派な男でした。彼と真白が無事に結ばれ、子を成していたのなら、鷺宮家はより繁栄していたことでしょう。しかし、八岐大蛇によって龍興は殺され、黛家は断絶してしまいました。本当に、本当に……惜しいことです」


「……ってことは、もしかしたらあの御神体は龍興が真白に送ったものなのかもしれないね。彼女を守りたいという思念が力となって宿っているから、鷺宮家の末裔である百合姫さまを守ってくれてるのかもしれないし、百合姫さまが見た映像も、鷺宮真白と黛龍興の二人に関係あるものだった。御神体に宿った強い思いの出所を、教えようとしたのかもしれない」


「真白さまと、龍興さま……その二人の想いが私を守ってくださっている……? そうなのでしょうか……?」


 陰陽術に詳しいやよいの見識に対して、ぽつりと百合姫が呟きを漏らす。

 確証はない、ただの意見であると念押ししたやよいは、その場から立ち上がると玄白たちに深々と頭を下げて言った。


「色々と興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。もう夜も遅い、百合姫さまの体調に影響が出てはいけませんので、私たちはこれにて失礼致します。どうぞ、ごゆるりとお休みください」


「こちらこそ、話を聞いていただいて少し胸の内が軽くなりました。警護だけでなくこのような真似までさせてしまい、申し訳ありません」


「謝んないでくださいよ、百合姫さま。約束したでしょう? あなたを無事に送り届けるって……無事、っていうのはただ生きてるってだけじゃなくて、元気にお母様や兄上様と再会出来るって意味です。そのためになら、俺は何でもやりますよ」


「うふふ……! ありがとうございます。燈さまはお強いだけでなく、とても優しいお方ですのね……」


 真っ直ぐな燈の言葉に嬉しそうにはにかむ百合姫の頬は、ほんのりと朱色に染まっている。

 こんな心細い状況の中で真っ直ぐに優しさを向けられたら、そりゃあ多少は心動くだろうな……と、考えたこころは、大人気なくも彼女に僅かな嫉妬心を抱いてしまっていた。


「はいはい、これ以上は姫さまの健康に関わるから、私たちもとっとと退散しようね。燈くんも、ほら!」


「お、おう。そんじゃ、また明日……何かあったら大声で呼んでください。俺は、部屋の外で待機してるんで」


「はい! 頼りにさせていただきます!! おやすみなさい、燈さま!」


 百合姫が屈託のない笑顔で燈へと就寝の挨拶を行う。

 その笑顔からは純粋な好意……女性としてではなく、一人の人間として燈へと向ける好感が感じられた。


 あんな小さな女の子に嫉妬するというのはやはり大人気ないが、ああやって素直に甘えられるのは羨ましいとも思ってしまう。

 そんな自分に嫌気を感じつつ燈と別れ、割り当てられていた部屋に向かっていたこころは、途中で足を止めたやよいへと振り向きつつ、彼女にどうしてそんなことをするのかと尋ねてみた。


「あれ? そこ、やよいちゃんの部屋じゃない、よね? どうかした?」


「うん? ああ、今の話を蒼くんにも教えとこうと思ってさ。どうせ、まだ寝ずにあれやこれやと考えてるんだから、ちょうどいいでしょ」


「そっか……わかった。それじゃあ、私はここで。おやすみ、やよいちゃん」


「うんうん! おやすみね~! ゆっくり眠っちゃって!!」


 ひらひらと手を振って蒼の部屋の方へと歩いて行くやよいを見送った後、再び歩き出すこころ。

 一歩、二歩、三歩……と、足を進めた所で、はたとこんな時間帯に男女が同じ部屋で二人きりになるのはまずいのではないか、と考え、そして――


(まあ、大丈夫だよね。だって蒼さんだもん)


 ――そう、ある意味では高い信頼を伺わせ、またある意味ではとても失礼な結論に至り、部屋へと戻っていった。


 蒼天武士団団長、蒼。

 部下からの信頼は厚いがいまいち押しが弱く、女性関係に関しては(ある意味)絶大な信用を寄せられている(やっぱりある意味可哀想な)男である。

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