予想可能の結末、だが……?

「それは何に対する謝罪なのかにゃ~? あたしの着物を脱がしたこと? それとも、脱がすのにもたついたことへの謝罪? いや~、本当に手慣れてないから、あの子を誤魔化すのに恥ずかしいデタラメ言う羽目になっちゃったよ~!」


「あの、その、ほんと、諸々……すいませんでしたっ!!」


 床が凹むのではないかと思う程に額をぶつけ、やよいへの謝罪を行う蒼。

 そんな彼を見つめてからからと笑うやよいも、章姫に語り掛けていた妖艶な雰囲気を脱ぎ捨てて普段通りの様子に戻っている。


「にしてもさあ……蒼くん、いい感じに乗ってくれたねえ! あんな大人な雰囲気が出せるなんて、あたしもびっくりだよ!」


「大半、やよいさんの作った流れに身を任せた感じだったけどね……本当に、君が来てくれて助かったよ。まさか、燈だけじゃなくて僕も標的だったなんて……」


「普通は気が付くもんだと思うけどね。むしろ、なんで自分が狙われてないと思ったの?」


「うぐぅ……」


 低過ぎる自己評価故か、あるいは元来の鈍さが原因かは判らないが、くのいちたちに自分が狙われていることをまるで気が付かなかった蒼がやよいの一言にぐさりと胸を抉られる。

 まあ、それを知っていて彼に教えてあげなかったやよいもやよいだが、昼間に彼が言った通り、くのいちたちの警戒を解くためにも、蒼には燈同様に自然な態度を取ってほしかったので仕方がないと思ってもらおう。


 こうしてきっちり、相手が仕掛けてきそうな時には救いの手を差し伸べているわけだし……と、上手いこと全てが噛み合った行動にやよいがほくそ笑む中、何かを思い出した蒼ががばっと顔を上げると、章姫が置いていった香の下へと近付いていく。


「……やっぱりこれ、ただの香じゃないな。幻覚作用と、他にも何か効能がありそうだ。百元さんに調べてもらえば、彼女たちの悪事の証拠になる」


 すんすん、と鼻をひくつかせて香の匂いを嗅いだ蒼が小さく頷きながらそれを確保する。

 これさえあれば、桔梗が章姫たちを追い出すだけに十分な証拠が得られるだろうと、自分が搔いた恥に値する証拠を得られたことに彼がほっと安堵した時だった。


「ほら、やっぱりあたしの言った通りになったじゃん。有名になったら女を武器にする輩が出てくるから、早めに慣れとけ~って……宗正さんも間違ってなかったし、そういうことへの耐性が大事だって蒼くんもこれでわかったでしょ?」


「うっ……!?」


 ひょこっと肩口から顔を出したやよいが蒼の背にもたれ掛かりながら言う。

 彼女の言動に声を詰まらせた蒼は、小さく呻くと視線を右往左往させながら返事となる言葉を探していた。


 確かに、今回は常々彼女から忠告されていた女性への耐性の有無が運命を分岐させたといっても過言ではない。

 この香の効能自体は蒼自身が持つ水の気力の解毒作用によって無効化出来たが、最初に裸の章姫と顔を合わせた際に心を乱されていたら、部屋に満ちる妙な匂いに気付くことなく彼女の術中に嵌っていたかもしれないのだ。


 そうならなかったのは、偏にこれまでの生活で身に付いた女性の裸に対する耐性のお陰であり、それを習得するに至った大きな……というより唯一の……要因は、今、自分の背後にいるこの少女の教育の賜物であった。


「正直に言ってみなよ。あたしと宗正さんの童貞を早めに捨てろ~、って忠告、今まで馬鹿なこと言ってるな~って思ってたでしょ?」


「……はい。思ってました」


「結構。でもこれでその大事さも理解出来たよね?」


「はい……あの、やよいさん。そろそろ着物を着ていただけますでしょうか? それと、胸を押し当てるのをやめてください……」


 普段のからかいではなく、その重要性を言い聞かせるような言葉を口にするやよいは、同時に蒼の背にたわわな胸の果実を強く押し付けている。

 薄い乳押さえ越しの感触は普段よりも強い感触を蒼に与え、その感触に狼狽した彼は、敬語で謝罪するようにしてやよいに服を着るよう懇願したが――


「……へえ? この状況でそんなこと言うんだ? っていうか、着ちゃっていいの?」


 少し呆れたような、しかしそれが彼らしいとでも言うような、そんな声色で呟きを漏らしたやよいの体が離れると共に、どさりと何かが倒れ込む音がした。

 その音に蒼が振り返れば、下着姿のやよいが自分の布団の上に寝そべり、こちらへと試すような視線を向けているではないか。


「……わかってないみたいだから報告しとくよ。あたし、その香で充満したこの部屋の空気、たっぷり吸っちゃってるから。それと、あたしの気力調整に関する欠陥、覚えてるよね? 蒼くんみたいに気力で毒の効果を軽減させたりするの、あたしは即座に出来ないから」


 ほんのりと赤く染まった頬を上気させ、やよいが今の自分の状態を蒼に告げる。

 一気に気力の放出が出来ない自分の特徴を彼に思い起こさせ、今の自分が香の作用をもろに受けている状態……所謂、発情した状態だということを告げたやよいは、少し上擦った声で尚も蒼へと語り掛けた。


「女性に対する慣れが大事なことは理解したよね? で、目の前には都合よく火照った体を持て余してる下着姿の女がいるときた……それで? この状況で蒼くんはどうする? あたしは、別に構わないよ」


 何を、とは言わない。だが、普通の人間ならばそれだけで彼女の意志は伝わるはずだ。

 媚毒の影響で心と体が熱くなっているお陰か、誘い文句もすらすらと口にすることが出来た。

 まな板の上の鯉どころか、最早皿に乗った刺身状態になっているやよいは、それだけを告げると目を閉じ、ただじっと蒼の反応を待つ。


 どくん、どくんと普段よりも大きく脈打つ心臓の鼓動は、この状況に興奮しているのか、媚毒の影響でそうなっているのかはやよいには判断がつかない。

 ただ、降って湧いたこの好機を逃すべきではないと、場の流れに身を任せた、というより捧げた彼女は、きゅっと唇を硬く結んで蒼の動きを待った。


「っ……!!」


 部屋が静かなお陰か、蒼が息を飲んだ音が聞こえる。

 そこから彼が自分の下に近付く音も、息遣いすらも、ぴりぴりと神経を尖らせる今のやよいの耳と肌は感じ取れていた。


「んっ……!?」


 そっと、蒼の大きな手が腹に触れた。

 ちょうど、へその辺り。そこから少し下の、女性にとって最も大事な器官が埋め込まれている下腹部を優しく撫でる彼の手の動きに、やよいが悩ましい声を漏らす。


 じゅくじゅくと疼き、熟れ始めたそこが、深い甘味を求め始める。

 皮膚と肉を隔ててではなく、直接触れてほしいと……鎌首をもたげ始めた欲望と共に、ゆっくりとそれが降りていく。

 閉ざしていた唇を開いて、甘く浅い吐息を何度も吐いて、そのまま、蒼の手で自分の全てが剥き出しにされることを望むようにきゅっと瞳を閉じ続けていたやよいの口から、穏やかな声が溢れてきた。


「んあっ、あ……っ!!」


 下腹部に流れ込む涼やかな感触に心を浄化され、火照っていた体の熱が冷めていく感覚に驚いた彼女が瞳を開ければ、彼女とは逆にぎゅっと硬く目を閉ざした蒼が自身の気力を注ぎ込んでいる姿が目に映った。


 へその少し下にあるといわれる、人間の気力を司る部位である丹田へと気力を送り込んだ蒼は、やよいの体を蝕んでいた媚毒を浄化すると、下着姿の彼女を覆い隠すように掛け布団を被せ、目を合わせぬまま部屋の扉へと向かう。


「……毒は、浄化しておいたから。あとは少し休めば楽になると思う。火照りが冷めるまで、そこでゆっくりしてて。僕は、この香を百元さんに渡してから、燈の様子を見てくるから」


 香を入れた巾着袋を揺らし、そうやよいに告げてから、蒼が自室を後にする。

 部屋に一人残されたやよいは、彼の気配が感じ取れなくなってから、布団の中で蹲ると呟きを漏らした。


「ばか、あほ、いくじなし。ほんとにちんちんついてるのか、あいつは……!」


 ここまで美味しい状況をドブに捨てるだなんて信じられないという思いと、それでもやっぱりこうなるだろうなという予想出来ていた結果を納得しようとする想いがぶつかり合い、溜息と蒼への罵声となって口から飛び出す。

 それでも、結構勇気を振り絞ったというのに、それを無下にされたことはやはりショックで、蒼の性格を理解していながらも胸が苦しくなってしまったやよいは頬を膨らませながら枕へと顔を埋める。


「ばーか、ばーか、ばーか……もう蒼くんなんて一生童貞でいろ。この状況で女の子に手出し出来ないヘタレなんてそれで十分だ」


 ぎゅぅぅぅぅっ、と布団を強く握り締め、一気にそう吐き捨てたやよいは、深く息を吸い込んで心を落ち着かせた。

 ふわりと漂う、何処か優しい匂いに目を細めた彼女は、今の自分が蒼が普段使いしている布団に寝ていることを認識する。


 ……判っている、彼がこの屋敷に来てから、磐木や銀華城やらに遠征に出かけてばかりで、そこまでこの布団が使われていないということは。

 自分たちの身の回りの世話をしてくれているこころが定期的に布団を洗ってくれているし、何だったらつい先ほどまでこの布団に包まれていた章姫の方が熱や匂いを残しているであろうことくらい、自分にだって理解出来ている。


 だが、それでも……完全に媚毒が抜け切っていない今のやよいを興奮させるには、今の状況は十分過ぎるほどだった。


「……火照りが冷めるまでゆっくりしてろって言ったもんね。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうじゃん……!!」


 取り合えず、他の女の匂いが残っている布団で彼が寝ることは許せない。

 まずはして、そのついでに……自分の火照りも冷まさせてもらおう。


 ばさっ、と音を立てて掛け布団を巻き上げ、改めてその中に包まったやよいは、完全に体を外部から見えなくした。

 部屋の明かりも消し、静寂と暗闇が支配する室内の中央にあるその布団の中から甘くくぐもった声が暫くの間、聞こえてきたという。

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