嘘って時々、口にしている本人の願望が出てる場合があるよね

「んん……?」


 やよいのその言葉を聞き、若干の違和感を覚えた章姫が唸る。


 彼女の言葉をそのまま受け止めれば、蒼とやよいは団長副団長といった関係性を越えた深い仲ということらしい。

 だが、それにしては他の女に現を抜かす彼の姿を見てもなお、まるで不快感のようなものを感じていなさそうな声が出せるのは何故なのか?


 正室側室といったように、男性が複数名の女性を侍らせることはこの国では珍しいことではないにしても、やよいの態度は達観し過ぎている。

 そう、章姫が部屋を立ち去ろうとする彼女の態度を訝しんでいると……。


「……そんなわけないでしょ。まったく、君も意地が悪いな」


「あっ……!?」


 とんっ、と強めに胸を押された章姫が、呆然とした声を漏らしながら尻もちをつく。

 彼女を押し退けた蒼は、そのまま部屋から立ち去ろうとしていたやよいを引き留めると、彼女を背後から強く抱き締めた。


「あはっ、酷いことするね~。あの子、熱烈にお誘いしたんじゃなかったの?」


「……わかってる癖に。全部でたらめだよ」


 尻もちをついた体勢のまま、言葉を失っている章姫に見せつけるようにして親密に接する蒼とやよい。

 二人のやり取りを目にしている章姫は、ただただ目を見開いて呆然としたままその光景を見つめ続けている。


 香の効果で意識を朦朧とさせているはずの蒼がはっきりと喋り、動いていることにも驚いたが、それ以上に章姫を驚かせたのは、彼女を押し退けた時の蒼の態度だ。

 やや強めに胸元を押した彼の手からは、はっきりとした拒絶の意志が感じ取れた。

 まるで、お前などまるで興味がないと……媚毒と興奮剤の効果で浮かれているはずの彼から発せられた、ゾッとするほどの冷たい感情を受け取った章姫が背筋を震わせる。


 そして、何よりも彼女を驚愕させているのが、自分に対してまるで興味を見せなかった彼が、夢中になってやよいを抱き留めている目の前の光景であった。


「ふふっ……! 別に、あたしは構わないのに……浮気は男の甲斐性、側室の一人や二人を抱えてこそ、一人前の武士だって常々言って……ふあっ!?」


 そっと、自分の小さな体を抱き留める蒼の頭を撫で、章姫への手出しすらも認めるような言葉を口にしていたやよいの声が、甘く上ずった。

 彼女の首筋に噛み付くように、それ以上は何も語るなとでも言うように……口付けで赤い跡を残した蒼が、恨むような視線をやよいに向ける。


「ふふふ……っ! ごめん、からかい過ぎちゃった。別に、蒼くんの一途さを疑ってるわけじゃないから、そこは安心してよ」


「……なら、いい」


 やよいを部屋の中に引き戻し、扉を閉め、背後から彼女の小さな体を抱き締めていた蒼の両手が、ゆっくりと動き出す。

 薄橙の色をした彼女の寝間着を留める帯へと蒼の手が伸びる様を声も出せずに見つめていた章姫であったが、そんな彼女を嘲笑うかのように口を開いたやよいから声をかけられた瞬間、彼女の体が驚いた猫のように大きく跳ね上がった。


「ごめんね、驚かせちゃった? ……まあ、ご覧の通りだよ。あたしたち、こういう関係なの」


 蒼に寝間着を脱がされそうになっても、やよいは抵抗しない。

 こんなこと慣れっこだと、普通にしていることだと……そう言わんばかりの表情を浮かべ、彼に全てを委ねながら、彼女は尚も章姫へと語り続ける。


「安心してよ。あたし、別に怒ってないからさ。高名な武士が側室を持つことくらい、当然の話でしょ? むしろ、蒼くんもやっとそこまでいってくれたか! って思ってたくらいだからさ……なんだったら、今からでも混ざる? あたしは構わないけど、覚悟はしておいてね?」


「か、覚悟……?」


「うん、そうだよ。少し恥ずかしいけど……特別に、あたしがどんな目に遭ってるか、教えてあげるね……!」


 しゅるり、と静かな音を鳴らして、やよいが纏っていた着物が彼女の足元に落ちた。

 乳押さえと褌だけの下着姿になった彼女は、心なしか頬を紅く染め、高揚した声で赤裸々な告白を始める。


「蒼くんってば甘えん坊さんだからさ、こんな風にあたしの全部が欲しくなっちゃうみたいなんだ。あたしみたいな小っちゃい女の子に欲情するなんて、蒼くんは変態さんだね~……って、からかっていられるのは最初のうちだけなんだよね。段々、さ……蒼くん、本性を剥き出しにしてくるから……」


 彼のことなら全て知っていると、本当の彼の姿を知っているのは自分だけだと、そんな優越感を滲ませた笑みを浮かべるやよい。

 その笑みを見た瞬間、どうして彼女が他の女と蒼が睦まじく過ごしていても苛立たないのかを、章姫は理解した。


 やよいは、蒼にとって自分が一番だということを理解しているのだ。

 彼がどれだけ他の女を口説こうとも、抱こうとも、それはあくまで側室としての女であり、正妻は自分であるとの確固たる自信がある。

 だから、彼女は動じない。怒ることも焦ることもない。


 それほどまでに蒼と深い関係性を築いているやよいの、熱に浮かされた表情を目の当たりにしている章姫は、女としての敗北感を味わうと共に彼女の一言一句に心を震わせていた。


「蒼くんが本気になったら凄いよ……! 押し倒して、組み伏せて、叩き込んで……何度も何度も、高~い所に押し上げられちゃう。いっつもそう。調子に乗ったあたしは、そうやってどっちが上かを教えられて、自分が誰の女なのかをわからされちゃうんだ。気持ち良すぎて意識を失って、失った意識を呼び戻すくらいの快感に喘がされて……ふふっ、これ以上は言う必要ないかな?」


「っっ……!?」


 ごくりと、章姫は自分が知らず知らずのうちに息を飲んでいることに気が付いた。

 やよいの話を聞くだけで、その光景が勝手に頭の中で広がっていき、興奮によって心臓の鼓動は早まり、見たことも聞いたこともない彼女の痴態と嬌声が幻覚となって章姫の感覚を襲う。


 そんな章姫の姿に蠱惑的な笑みを浮かべたやよいは、うっとりとした様子で口を開いた。


「……ねえ、やっぱり手伝ってくれない? 今日はいつもより興奮しちゃってるみたいだからさ、一人だと骨が折れそうなんだよね……! あなたもそれが目的だったんでしょう? 渡りに船ってことで、お互いに楽しもうよ。ただ、蒼くんの、凄く立派だからさ――」


 その大きさも、熱も、感触も……与えてくれる快感の深さも全て知り尽くしていると、そう表情で語るやよいの瞳が、爛々と輝く。

 そして、何もかもを受け入れる覚悟を決めた彼女の眼差しと、そんな彼女の全てを貪らんばかりの荒々しさを見せる蒼の熱気に当てられた章姫へと、彼女はトドメの一言を言い放った。


「――あなたの方が夢中になって、壊されちゃっても知らないよ? くのいちさん……!!」


「~~~っ!?」


 やよいの言葉に、章姫の全身の毛が逆立つ。


 正体を悟られていたことはそこまでおかしなことではない。

 正体を悟られていた上で、こんな行動に打って出た蒼とやよいの反応が、章姫の危機回避本能に火を付けていた。


 章姫が女を武器とし、男を骨抜きにして手玉に取ることを得意とするくのいちだと理解した上で、真っ向から彼女を迎え撃つということは、相当に二人には自信があるらしい。

 それは即ち、蒼もやよいも章姫のことを排除すべき敵というよりも、捕らえて弄ぶための獲物として見ている証拠に他ならない。


 常人を遥かに超える力量を持つ男と、その男の全てを知り尽くした女。

 その二人を相手として夜伽に臨んだ場合……章姫が無事でいられる可能性は限りなく低いだろう。


 蒼を骨抜きにして自分の操り人形にするはずが、あべこべに自分の方が篭絡させられてしまうかもしれない。

 そうなったら最後、自分の知る限りの情報を引き出され、それが終わったら仲間たち共々武士団の玩具に――


「う、うわぁぁぁぁっっ!!」


 ――と、そこまでの未来を想像した章姫は、恐怖に駆られて裸のまま蒼の部屋を飛び出した。

 蒼天武士団、聞きしに勝る恐ろしい連中。こいつらに手を出すべきではなかったと、そう後悔しながら一目散に逃げだした彼女の目には、うっすらと涙すら浮かんでいる。


 どたん、ばたん、と廊下を慌ただしく駆ける物音が遠くなり、やがて完全に聞こえなくなった頃、やよいの肌に触れ、あわや乳押さえを外す寸前まで手を動かしていた蒼は、即座に彼女から身を離すとその場で床に額を擦り付ける土下座の姿勢を取り、叫んだ。


「本っ当に……申し訳ありませんでしたっ!!」

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