おやすみ、いい夢を
「……いや、それも十分恥ずかしいんだけど。っていうか、何でそうなるのさ?」
「まあまあ、そういう細かいことは放っておいて、取り合えずおいでよ! 嫌だっていうなら同衾になるけど、どうする?」
どうしてその二択しかないんだと思いつつ、やよいならべったりと張り付いて眠ろうとする自分の布団に潜り込むくらいのことはしてきそうだと思う蒼。
最初からやよいの目的はこの膝枕だったのだと理解した彼は、計算高い彼女の行動に呆れと感心の入り混じった溜息を吐いた。
同衾か膝枕か? 強引にその二択を迫り、まだましだと思わせる後者を選択させる。
蒼にはその両方を跳ね除けるだけの気の強さがないことや、最後まで相談に行かなかったことに対する彼女への罪悪感。
それらを活用すれば自分の策は間違いなく成功すると確信していたのだろう。
確かにまあ、この状況で断れるだけの気概が自分にないことは間違いない。
別段、不快な取引を持ち掛けられているわけでもないのだから、無下に断るということに関しても心苦しさを抱いてしまうのが蒼という男の性格だ。
完全に色々と見透かされているな、と考えた蒼も遂に観念したようだ。
気恥ずかしさを隠せない頬の紅潮を見せつつ、やよいの言うことに従ってその膝の上に自分の頭を乗せる。
「……少しだけだからね。長くはしないから、そのつもりでいてよ?」
「わかってますって! ふふふ~……!!」
膝枕をされる方が嫌がっていて、する方が喜んでいる。
こういうのって、普通は逆なんじゃないか? 役得なのは自分の方なのに……と、考える蒼もまた、この状況に少しだけ心地よさを見出していた。
小さなやよいの腿は自分の頭を置くにはやや狭いようにも感じるが、丁度良い大きさであるとも思える。
柔らかさも十分だし、骨ばっている場所もない。すっぽりと蒼の頭部を収めるそのスペースから上を見れば、それはそれは見事なやよいの南半球が目前にあるのだ。
不躾で不埒だとは思うが、正直な感想としては、やはり大きいの一言に尽きる。
やよいが前屈みになれば、あるいは、自分が少しでも顔を浮かばせてしまえば、そこに埋まることが出来そうなくらいの距離にある豊かな双房を目にした気恥ずかしさから顔を逸らした蒼は、後頭部を彼女の腹にくっつけるようにして横向きの体勢になった。
「……脚、大丈夫? 正座してると痺れるでしょ?」
「慣れてるから平気だよ。ふふっ、優しいなあ、蒼くんは……!」
くすくすと笑いながら、やよいが蒼の頭を撫でた。
まるで母が我が子をあやすようなその手付きと、穏やかで幸せそうな声色が与えてくれる心地よさが、蒼を微睡みの世界へと誘う。
温かいやよいの体温が、穏やかさを与えてくれる小さな手が、自分のことを受け入れてくれるこの空間が、思った以上の安らぎを蒼に与えている。
悪くないな、と少しぼやけた思考の中で思う蒼。
気恥ずかしさもこの微睡みの中で消え去って、今はただこの温もりの中でゆったりと過ごすことに集中出来ている。
うら若き乙女に膝枕をしてもらっているという気恥ずかしさだとか、自分の頭という重しを乗せた状態で長い間正座をさせていることへの罪悪感だとか、そういった不安のような感情もあるものの、やよいならば大丈夫だという安心感もある。
何故だか判らないが、彼女ならばそれらを受け入れてくれるような、絶対的な信頼を感じさせてくれるのだ。
自分が思っている以上に、自分は彼女のことを信用しているのだろうか……と、ぼんやり考えていた蒼の耳に、その張本人からの声が響いた。
「最近、本当に大変そうだね。手紙の量が日に日に増えてるの、あたしでもわかるよ」
「うん、まあ……少し、嫌になってくるかな。相手が大名とか貴族とかだから、無碍にも出来ないのが面倒でさ……」
「礼儀とか身分とか、色々な事情があるからね~……そんな中でも蒼くんはよく頑張ってるよ。偉い、偉い」
「……別に、僕一人の力じゃないさ。休み方一つ知らない団長の相談に乗ってくれるみんながいるから、僕も頑張ろうって思える。僕は、みんなの存在に支えられてるんだよ」
「……そっか。でもそれは、あたしたちも一緒だよ。あたしたちのために一生懸命になってくれる蒼くんだから、ついていきたい、協力したいって思えるんだもの。あたしたちは合わせ鏡。蒼くんがみんなに支えられてるっていうのもそうだけど、あたしたちも蒼くんに支えられてるってことを忘れないでね」
「そう、なのかな……? まだ、自信がないや……」
「そうだよ。今日の相談の時、誰一人として蒼くんに適当な返事をした人はいなかったでしょ? みんなが蒼くんの力になりたいって思ってる証拠だよ。必要以上に驕る必要はないけど、ある程度の自信は持ってほしいな。蒼くんは、あたしたちに愛されてるって!」
「ふ、ふっ……! 善処するよ。もう少し、自分に自信が持てるように頑張ってみる」
愚痴を、不安を、本心を、素直に吐露しながら、安らぎに浸る。
無条件に人に甘えるのはいつぶりだろうと考え、その答えを見つける前に襲ってきた眠気に瞼を閉じた蒼に向け、やよいが優しく言葉をかけた。
「眠くなってきちゃった? いいよ、そのまま寝て……あたしのことは気にしないで、ゆっくり休んでね」
ありがとう、という感謝の言葉も、眠気に負けて声にならなかった。
ただ少し、首を動かして頷いては見せたが、視界を隔てる大きな胸のせいでその動きが見えているかは怪しい。
蒼からも、やよいの顔は見ることは出来ない。
そもそも視線は横を向いており、やよいの顔の方向を見上げていないのだから目に映ることはあり得ない。
だが、それでも……今のやよいはきっと、暖かな笑みを浮かべてくれているのだろうな、ということは蒼にも想像出来た。
「おやすみ、蒼くん。いい夢を見てね」
確信にも近いその想いを抱き、ゆっくりと意識を手放す蒼は、その寸前に聞こえた優しい声に小さく笑って答える。
額に触れる小さな手の温もりが、どうしようもなく心地よかった。
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