仲間に相談(やよいの場合)


「いや~、蒼くんも中々やるようになったよね~! 女の子に相談を持ち掛けて、流れで逢引紛いの誘いまで出来るようになっちゃうだなんて、あたしもびっくりだな~!」


「そ、そんなんじゃないって! 僕はただ、純粋に友人として親交を深めつつ、休日の過ごし方を模索するために――」


「男はそうやって女の子を誑かし、ぱくぱくごっくんと食べてしまうのです。ああ、怖い怖い……! 純粋無垢だった蒼くんもやっぱり狼さんだったんだね!」


 おどけているような、若干不機嫌そうな、そんな態度で蒼をからかい続けるやよいは、とてちてと桔梗邸の廊下を彼と歩んでいた。

 自分の事情を知っているようではあるが、それも含めてここまでの蒼の行動に対して物言いたげなやよいの態度に頬を搔きつつ、蒼は自分が折れることを決め、謝罪の言葉を口にする。


「悪かったって。こういうことはまず、副長である君に相談するべきだって言いたいんでしょ? やよいさんのことをおざなりにしちゃったことは謝るけど、決して君を軽んじているわけじゃあないから!」


「……あたし、そういう観点から怒っているわけじゃあないんだけど? 本当に鈍ちんだよね」


「えっ……!?」


 ぷく~っ、と頬を膨らませたやよいの言葉に驚く蒼は、彼女の真意というものに関してまるで見当がついていないようだ。

 まあ、女性の心の機敏に鋭い彼の姿なんて想像出来ないやよいからすれば、これが平常運転なわけで……溜めていた空気を諦めの感情と共に吐き出した彼女は、まだ不機嫌さを滲ませている笑みを浮かべながら、話題を切り替える。


「で? 確か、宗正さんに休みを取れって怒られちゃったんだよね? その過ごし方について、みんなに聞いて回ってるってことは、当然あたしにも同じ質問をするよねぇ?」


「え、ま、まあ、そうするつもり、だけど……」


「それなら結構! もう準備の方は済ませてるから、ついてきてよ!」


「あ、うん……一応確認するけど、卑猥な趣味じゃあないよね?」


「さあ、それは蒼くん次第じゃない? それとも、そっちの方をご希望で?」


 ちらり、と着物の胸元をはだけさせたやよいが、大きな胸の谷間を蒼へと見せつける。

 神速の勢いでそこから視線を外し、そういうのは要りませんとばかりに激しく首を左右に振る蒼の姿をにししと笑った彼女は、服を元に戻しながら自分の部屋へと彼を連れていく道すがら、自分が考える休日の過ごし方についての話を蒼へと聞かせていった。


「運動、散策、入浴、趣味への没頭。どれも大いに結構だけど、蒼くんに必要なのはもっと堕落した趣味だと思うんだよね! 生産性も将来性もまるでない、ただただだらけるためだけに休日を過ごすことが、蒼くんにぴったりだとあたしは思うわけ」


「えぇ……? 聞いてるだけで禄でもなさそうな時間の過ごし方っぽいんだけど、大丈夫なの……?」


「大丈夫、大丈夫! 蒼くんは仕事を頑張り過ぎるんだし、釣り合いを取るためにお休みの日はな~んにもしないくらいが丁度いいんだよ! というわけで、あたしが提案する休日の過ごし方は、こちら!!」


 自室の前に辿り着いたやよいは、襖を大きな音を立てながら開き、その中を蒼へと見せつけた。

 そして、それなりに片付いている可愛らしい内装の部屋の中心にちょこんと敷いてある布団を指差すと、笑顔のままに彼へと告げる。


「睡、眠~! ただひたすらに惰眠を貪る! 長い時間を布団の中で過ごし、何も考えず夢の世界でまったりする……最高だと思わない!?」


「ああ、うん、その……本当に、生産性が欠片もない時間の過ごし方だね……」


「それがまたいいんじゃない! しなくちゃいけないことがある中で何もかもを忘れて取る睡眠の素晴らしさといったら、極上の贅沢だよね!」


 実体験でもあるのか、とてもいい笑顔で蒼にその素晴らしさを伝えるやよい。

 そんな彼女の様子に乾いた笑みを浮かべていた蒼は、取り合えずこの場を切り抜けるためにその言葉に同意することにした。


「まあ、悪くはないかもしれないね。普段せかせかと動き回っている僕が布団の中から出て来ない姿を見れば、師匠も納得してくれるかもしれないな」


「うんうん! それじゃあ、早速試してみようよ! やろうと思えばお金も前準備も必要なく出来ちゃうのが睡眠の良い所だしね!」


「ああ、うん。それじゃあ、僕はこれで失礼して……」


 くるり、とその場で反転し、自室へと戻ろうとする蒼。

 自然な流れでやよいとの会話を打ち切ったはずであったが、そんな彼の前に立ち塞がるようにして、笑顔のままのやよいが口を開いた。


「何処に行くの? お布団なら、そこにあるんだけど?」


「……いや、おかしいでしょ? わざわざやよいさんの部屋で、やよいさんの布団を使って、僕が寝る必要はないじゃない。寝るんだったら自分の部屋で寝るよ」


「ああ、なるほど! 蒼くんは枕が変わると眠れない性質なんだね! それじゃ、あたしがそっちに行った方がいいか」


「待って、何かおかしくない? なんだか話を聞いてると、僕とやよいさんが同衾する流れのような……?」


「え? あたしは最初からそのつもりで話してたけど、わからなかった?」


 ひょいっと自分の枕を持ち上げ、部屋に戻ろうとする蒼の横に並んだやよいがさも当然とばかりに首を傾げて言う。

 話の流れが予想通りの展開に運ばれていることを感じ取っていた蒼は、それでも少なくはない衝撃に頭を抱えながら叫んだ。


「駄目に決まってるでしょうが!! 女の子が歳の近い男と同衾だなんて、そんな危ない真似はするもんじゃないって!!」


「……へ~、危ないんだ? あたしは、蒼くんなら大丈夫って考えてたんだけど……それが間違ってたってことかにゃ~?」


「ぼっ、僕だって、これでも男なんだ。何か間違いがある可能性だって、無きにしも非ず、だと、思う、よ……?」


「そこは自分の威厳のためにも言い切りなよ。据え膳食わぬは男の恥。そんな無防備な女の子がいたら、ばりばりむしゃむしゃ食べちゃうぞ~っ! って……まあ、奥手な蒼くんにしては頑張った方だとは思うけどさ」


「うぐっ……!?」


 やよいに舐められぬようにと虚勢を張った蒼であったが、やはりその言動には無理がある。

 彼を慰めるようにフォローしつつ、この調子だと先の言葉が『手を出される心配がないから大丈夫』ではなく、『』(というより万々歳)という意味であることにも気付いてはいないなと考えたやよいは、自分の想定通りに事が運んでいることに心の中で笑みを浮かべた。


「とにかく、同衾なんて駄目!! 利点もまるでないし、ただただ不埒なだけじゃないか!」


「生産性のない行動に利益を求めることもおかしいと思うけどね。まあ、しょうがないか。……それじゃあ、折衷案といこうよ」


「はい? 折衷案……?」


 大人しく蒼の意見に従い、ぽいっと枕を放り投げて自分の布団の上に戻したやよいが、部屋の中で正座する。

 にこにこと笑う彼女の表情に、何か自分が上手いこと策に絡め捕られている予感を感じる蒼であったが、そんな彼に無邪気な笑みを見せながら、やよいが言う。


「あたしは蒼くんがぐっすりゆっくり休んでいる姿を確認したい。蒼くんは寝るのは良いけど同衾は嫌だ。ただ寝るだけじゃあ宗正さんへの訴えとしては物足りなさそうだし……その辺の問題全てを解決するには、これしかなさそうじゃない?」


「……これって、どれ?」


 ぱんぱんと膝を叩き、自分を迎え入れるように手招きするやよいへと蒼が問いかければ、満面の笑みを浮かべた彼女はこう答えを返してきた。


「おいでよ、蒼くん。膝枕してあげるからさ!」

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