その理想は、未来を切り開く刃となる
戦いが終わりを迎える時が来た。
お互いが強く武器を握り締め、次の一撃に全身全霊を込めるつもりで神経を集中させる中、金沙羅童子は蒼の構えを見つめ、考える。
鞘へと納めた刀を勢いよく引き抜くと共に、それを鞘走りによって更に加速させることで爆発的な火力を生み出す剣技、居合。
達人が行うそれは神速の抜刀となり、その速度が増せば増す程に繰り出される斬撃の鋭さも跳ね上がる。
その鋭さならば、破壊力ならば、鉄を遥かに超える硬度を誇る金沙羅童子の肉体を断ち切れるかもしれない。
全ての力を研ぎ澄ませた最速最鋭の一撃を放つために意識を集中させる蒼の姿に、金沙羅童子も計り知れぬ緊張感を覚えて息を飲む。
彼は知らないが、彼の弟である牛銀もまた、蒼の居合斬りによって討ち果たされた。
しかして、今の蒼はその際の集中など比べ物にならない程に気力を高めており、その体の周囲には青いオーラが立ち昇っているようにも見える。
(正真正銘、全力ってことか……俺に出来ることは、ただ信じて攻めることのみだというのが心苦しいな)
全生命力を肉体の硬質化に回している金沙羅童子には、蒼の抜刀に追い付けるだけの俊敏性はない。
勝負の行方は、彼の抜き放った武神刀が鉄の如く硬い金沙羅童子の体を斬れるかどうかという部分にかかっている。
この時点でもう、金沙羅童子には打つ手はなかった。
下手に防いだり、躱そうとすれば、その隙を突かれて一気に形成を逆転される。
命を燃やして戦いに臨んでいる以上、一度でも主導権を蒼に握られてしまうことは、それ即ち敗北へと直結する事態でもあるのだ。
故に、彼が出来ることは……自分の勝利を信じて、全力で蒼へと攻撃を仕掛けることのみ。
己の全てを燃やし尽くして強化したこの肉体が蒼渾身の一撃を弾いてくれることを信じて、ただ我武者羅に攻めることのみだ。
結局、戦いはあるべき姿になった。
後の先を取ることを得意とする蒼に、それを飲み干す勢いの攻撃を繰り出さんとする金沙羅童子という、お互いの得意分野に乗っ取った戦い。
であるならば……その勝敗は、肉体と精神が相手を上回った方に軍配が上がることになるのだろう。
金沙羅童子が蒼の一撃を恐れて攻めの気を削がれれば、あるいは、その逆に蒼が迫る金沙羅童子の姿に怯えの感情を抱き、抜刀のタイミングを逃してしまえば……それだけで、もう勝負が決まる。
技よりも、実力よりも、他の何よりも、迷いと恐怖を振り払う心が重要である最後のぶつかり合いに際して、金沙羅童子は自分を鼓舞するようにして吼えた。
「行くぞ、蒼ぉぉぉおぉおっっ!!」
前に進むその一歩目を強く踏み鳴らし、銀華城の床を凹ませる程の力強さの突進を見せる彼が、文字通り鬼気迫る表情を浮かべて蒼へと迫る。
その背に背負うものは死んでいった仲間たちの命。
自分を信じて付き従ってくれた、無数の仲間たちの死を背負う彼が、刺し違えることも厭わないという覚悟を胸に前進していく。
未来など、先に進む道など、望んではいない。
それら全てを捨て去ってでも、この瞬間の勝利を掴みたいと……そう、強く願う金沙羅童子を前にしながら、蒼は深く息を吐いた。
「しぃぃぃぃぃ……っ!」
食い縛った歯の隙間から空気を押し出すようにして、肺の中を空にする。
集中に集中を重ね、自らが持つ気力を最大限に高め、それを『時雨』へと注いでいく。
見開いた目が見据える景色から色を消す。
聴覚も、嗅覚も、味覚も、何もかも……今は必要ない。
ただ、敵との距離を測れるだけの最低限の視覚と、この刀を引き抜くための動きが出来ればそれでいい。
灰色になった世界はまるでコマ送りのようなゆっくりとした光景を蒼に見せていた。
迫る金沙羅童子の姿が、その金色の髪の一本一本が靡く様も見て取れるようになった世界の中で、蒼が全ての力を研ぎ澄ませる。
自身が持つ、莫大な量の気力。それを水へと変換し、鞘の中に納める刀身へと纏わせる。
編み出した秘奥義の一つ『海神乃怒』で見せた、巨大な敵を押し流す程の水流を生み出す量の気力を、たった二尺三寸の刀へと集中させていく。
それには、気力の圧縮と研磨を極限まで突き詰める必要があった。
極限まで薄く、最大級に圧し込めて、気力によって生み出した水を武神刀に纏わせる極薄の刃へと作り変える。
一つ、また一つと、自分の持つ感覚が消え去るごとに、圧縮された水の刃が鋭くなっていく。
全身に行き渡った気力と、心の中に満ちる想いを感じた蒼が親指で軽く『時雨』の鍔を弾いた瞬間、それは起こった。
体勢を、僅かに低く。そこから体を跳ね上げる勢いを活かしながら、柄を握る右腕に力を込め、『時雨』を引き抜く。
それよりも早く右脚を前に出し、音すらも置き去りにする神速の踏み込みを見せた蒼が、完璧に計算された間合いの中に迫る金沙羅童子を捉える。
彼の目は、まだ何も捉えていない。
目の前にいる蒼が動いたことを、そのあまりの素早さ故に認識出来ていない。
蒼の親指が刀の鍔を弾いた音も、鞘走りの音も、刃が空を斬る音すらも……金沙羅童子は、聞くことが出来なかった。
色。音。臭い。衝撃。
その全てが消え去った世界の中で、蒼がただ一つだけ感じているものがある。
それは、心の中に響く熱……自分の心を奮わせる、確かな脈動だ。
そしてもう一つ、それと近しい暖かい温度を、額からも感じていた。
友と共に未来に進む為の踏み込み。その道を切り開く為に繰り出される一太刀。
背負うものは数多くの未来と信頼。そして、仲間たちの笑顔。
蒼の命を終着点として突き進む金沙羅童子と、金沙羅童子の向こう側にある未来へと進むために前へと踏み出す蒼。
背負うものへの想いが同じなら、負けられない理由の重みが同程度だというのなら、その勝敗を分けたのは……未来に掛ける想いだったのだろう。
ここで終わりでいいという覚悟と、ここでは終われないという信念のぶつかり合いは、一秒にも満たない刹那に起き、終わる。
蒼と金沙羅童子の体が交錯し、お互いに何の動きも見せないままにすれ違った両者は、暫しの間、無言のままに微動だもせずにいたのだが――
「ふ、はは、はははははははははっ!!」
不意に、金沙羅童子が高らかな笑い声をあげ始めた。
構えていた柳葉刀を下げ、両腕もだらりと下ろした彼は、そうやって大声で笑い続けた後、唐突にその笑みを引っ込める。
そうして、振り返りもせず、ただその場に両の脚で立つだけの姿勢を取っていた彼は、再び顔に小さな笑みを浮かべ、呟いた。
「見事だ、蒼。お前の答え、見せてもらった」
ゆっくりと、金沙羅童子の体に切れ目が走る。
左の脇腹から右の肩口へと、蒼の放った左切り上げの軌跡をなぞるように、その一撃を食らって数秒後の今になってようやく、体が斬られたことに気が付いたかのように、斬撃の跡がはっきりと浮かび上がっていく。
「……我流秘奥義・『
蒼の呟きと『時雨』が鞘に納められる音が響いた瞬間、その背後にどさりという音を立て、金沙羅童子の体が沈む。
仰向けに倒れたその体に刻まれた深い傷から真っ赤な血を噴き出させながら、震える唇を動かした彼は、全てが終わったことを悟ると共に声を漏らした。
「俺の負け、だな……明日を生きようとする者の強さ、しかとこの身に刻んだぞ……!!」
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