さらば、強敵よ

 敗北したというのに、金沙羅童子は嬉しそうだ。

 良い笑みを浮かべ、満足気に満ち足りた表情を浮かべている。

 逆に、勝ったはずの蒼の方が苦し気な面持ちをしていることが異様にも思えるだろう。


 だが……お互いに死力を尽くした戦いの結末というのは、えてしてこういうものだ。

 敗北した者は、自らの全力を打ち破った相手に惜しみない賞賛を送ると共に、全てを出し切れたことに清々しい気分を抱く。

 勝利した者は、自らの力を高めてくれた相手への感謝の気持ちを抱くと共に、その好敵手の死を惜しむ。


 そこに人と鬼という種族の差があれども、この立ち合いだけの関わりだったとしても、兵たちの上に立つ者として共振した蒼と金沙羅童子の間には、不思議な友情と絆が生み出されていた。


「この勝負、お前の勝ちだ。見事、敵の総大将を討ち取ったな」


「……戦という観点で見るのならば、勝利したのはあなたたちだ。死者の数と、銀華城の惨状がそれを物語っている」


「ふ、ふ、ふ……! 謙遜するな。お前たちの大将は生き延び、敵の総大将は死んだ。壊れた城も修復すればいい。何人兵が死のうとも、最終的に目的を達することが出来れば勝ちさ。お前は勝った。俺たち鬼は、お前が率いる三軍に負けたんだ。誇れ、胸を張れ。この俺を倒したんだ、死人のような面を浮かべているなよ、なぁ?」


 斬り裂かれた体から噴き出す血の量が、どんどん増していく。

 夥しい量の鮮血を傷口から溢れさせる金沙羅童子は、最後の力を振り絞って右腕を動かすと、自分の額に生える黄金の角を根元辺りからへし折ってみせた。


「持って行け……首を落とすには、まだ少し俺の体は硬い。そいつが、俺を倒した証だ」


「……確かに、受け取った」


 美しく煌く鬼の角を手渡すや否や、金沙羅童子の腕がばたりと地面に落ちた。

 残る力を使い切った彼は、それでも笑みを絶やさずに自分を打倒した男に向けて言う。


「鬼として生を受け、軍を率いるまで成り上がり、数々の死闘を繰り広げた末に、最高の強敵との戦いにて死す、か……まったく、本当に面白い一生だった。特に、最後に人間の友が出来たところなんて最高じゃないか。お前の首を持っていくことは出来なかったが、牛銀たちにいい土産話が出来た」


 ごふっ、と咳き込み、口から血を吐き出す金沙羅童子の言葉を、蒼は否定しない。

 鬼である彼が自分を友と呼んだことが、むしろ誇らしく思えていた。


「……さあ、そろそろ行け。ここもいつ崩れるかわからん。俺の死を看取るつもりが、お前も俺と共に死にかねんぞ」


 金沙羅童子がもうすぐに命の灯火が尽きるとは思えない、不敵で力強い笑みを浮かべる。

 その言葉に小さく頷き、数秒だけ瞳を閉じた蒼は……真っ直ぐな目で、鬼の友の瞳を見つめながら彼へと言う。


「恐らく、幕府はこの戦いのことを脚色するだろう。あなたたち鬼は、狡猾で傲慢で卑怯な妖だったと、そう記録に残すだろう。世の中にはあなたたちの悪名が広がる。人々はあなたたちの真実を知らぬまま、幕府が作り上げた虚構の鬼の姿を信じ続けることになると思う。だが――」


 震わせた拳をゆっくりと開き、何かを誓うような口調で、蒼は金沙羅童子へと告げた。


「――僕は、あなたたちのことを忘れない。死ぬほど厄介で、豪快で、仲間を想い続けて戦った好敵手のことを、僕は死ぬまで忘れはしない。金沙羅童子、僕だけは覚えていよう。あなたのその武勇を、部下に慕われる気概を、勝利を求めて足掻いた、醜くて美しい生の在り方を……!!」


 その言葉を残し、蒼は金沙羅童子の下から去っていった。

 ほんの少しだけ驚いた表情を浮かべた後、ふっと口元を綻ばせた優しい微笑みを作り出した金沙羅童子は、小さな声で呟く。


「ありがとう、友よ」


 直後、その体に崩れた銀華城の残骸が降り注ぎ、彼の姿は見えなくなった。

 背後から聞こえた大きな物音に一瞬だけ足を止めた蒼であったが、右手に掴む黄金の角を握り締めると振り返ることなく再び歩み始める。


 その頬を撫でた一陣の風が、炎の熱気と共に天高く昇っていくことを感じながら……強敵ともとの別れを済ませた蒼は、ただ仲間たちの下に帰るべく足を進めるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る