蒼の答え

なんとか9月中に四章を終わらせたかったんで頑張ってたんですけど、絶望的だということに気が付きました。

申し訳ないんですが明日からは毎日1話の投稿に戻させていただきます。

連休最後のお話をお楽しみください!


――――――――――




「……難しい質問ですね。絶対的な答えを出すことは出来ませんが、僕個人としての意見でよろしければお話しましょう」


「それで構いません。どうか、ご教授を」


 丁寧に頭を下げる栖雲の姿に小さく微笑んだ蒼は、一呼吸開けてから自分なりの考えを彼女に話し始めた。


「あなたの言う通り、掟とは遵守されるべきものです。しかし、それには大前提が二つある。その掟が間違っていないことと、その掟が誰に対しても公平であるということ。この二つの前提が崩れ去った時、掟と法は何の意味もない形式と化してしまいます」


「我が軍の規則は正しく、公平なものです。それが間違っていることなんてあり得ません」


「そうですね、しかし……それを守るべき兵士たちの受け取り方はどうでしょうか? 失礼かもしれませんが、栖雲さんも含め、一軍、二軍の兵士たちは我々三軍を見下しているのではありませんか?」


「それは……っ!」


 蒼に図星を突かれた栖雲は、何も言えなくなって声を詰まらせた。

 訓練を受け、規律の厳しさを知る幕府兵と粗暴な武士たちを比べ、後者をどこか汚らわしいものだと思っていたことは事実だ。

 巫女である自分がそうなのだから、総大将である匡史や他の将兵たちも同じような気持ちを抱いているのだろうと考える彼女に対して、蒼は尚も話を続ける。


「今回、軍規違反を犯した者たちの心の中には、一種の優越感が働いてしまっていたのではないでしょうか? 自分たちは選ばれし者であるという傲慢さが、命を懸けて戦っているという陶酔が、彼らに周囲の存在を見下す気持ちを植え付けてしまった。第三軍の兵士たちだけでなく、銀華城の周囲で生きる村人たちすらも下に見てしまった彼らは、上の立場である自分たちは何をしても良いと考え、略奪に打って出た」


「……与えられた力に酔った、ということでしょうか? 彼らは自分たちが掟の外に位置する存在だと勘違いをしてしまった、と……?」


「その通りです。力と立場を得た人間の中には、定められた法よりも自分の方が偉いと勘違いしてしまう者もいる。軍規違反者たちは、そういった考えを持ってしまった人間たちということでしょう」


 そこで一度言葉を切った蒼は、小さく息を吐いた後に栖雲の目を真っ直ぐに見つめると、静かな声でこう諭した。


「栖雲さん、どうかお忘れなきよう。我々は皆、同じ人間です。総大将も、指揮官も、巫女も兵士も関係なく、元は同じ人なのです。どれだけ上の立場に就いたとしても、人間は神にはなれはしない。人を越えた存在になどなれはしません。だからこそ、我々は等しく法と掟を守る姿勢を見せ、自分に従ってくれる者たちに対する責任を負わなければならないのでしょうか」


「我々は同じ、人間……全て等しい……」


「……聖なる使徒を名乗っても、それは変わりありません。人の上に立った者がすべきことは、周囲を見下すことじゃない。自分を信じてくれる者たちの期待に応え、彼らと共に目標を達するための指揮を執ることだと、僕は思います」


「……あなたには、それが出来ていると? この三軍の兵たちと共に、先に進めているとお思いですか?」


「僕はそこまで傲慢な人間ではありませんよ。急に指揮官になるよう命じられて、いつもいっぱいいっぱいだ。ですが、そんな僕を支えてくれる仲間たちのためにも、へこたれてはいられないんです。胸を張って、しゃんとしていることが、僕の出来る唯一の指揮官らしいことなんですから」


 小さく自嘲気味に笑い、そう栖雲へと告げた蒼は、視線を三軍の仲間たちへと向けた。

 届いた医療品で仲間たちの治療を行い、兵糧を調理して早速腹を満たそうとしている彼らの姿は、戦時中だというのに何処か楽しそうだ。


 羨ましいと、栖雲は思う。

 一軍の兵たちはきっちりとしているようで、その実はだらしがない。

 警備の際も気を抜いている姿が散見されるし、余裕があるからといって食事や医療品を無駄遣いしてしまうことも多々あった。


 それらの不始末を初陣だからと容認し、見過ごしてきた栖雲であったが……今となって、それが大きな間違いなのではないかと考え始めている。

 何事も、最初が肝心だ。戦の際の動きや戦い方が未熟というのは初陣だからということで納得出来るが、軍規を守り、与えられた仕事をきっちりとこなすという部分はそれとは全く関係がなく完遂出来るはずのことだ。


 最も緊張感がある初陣でそれらの気構えが出来ていないというのは、軍として致命的なのではないか。

 鬼たちとの戦いには快勝し、既に勝利を確信するほどの手応えを得ている幕府軍だが、本当にこのままで栖雲が望むような精強な軍隊が出来上がるのだろうか。


 どちらかといえば、自分が望んでいたのはこの第三軍のような軍だったはずでは……と、考えたところで、栖雲はその思いを振り払った。

 自分は匡史に付き従う巫女。彼の進む覇道を補佐し、甲斐甲斐しく尽くすことが役目だ。

 今更、彼のしてきたことにケチをつけるのはその役目に反することだと、そう考え直しながらも胸の内に靄のような感情を抱えながら、栖雲は改めて蒼へと頭を下げた。


「……貴重な意見を聞かせていただき、誠にありがとうございました。蒼殿と、第三軍の益々のご活躍をお祈り申し上げます」


「こちらこそ。何事もなく戦が終わり、兵たちが手柄を挙げて凱旋出来ることを願っております」


 同じく、深々と頭を下げて自分に挨拶する蒼を見つめながら、ほんの少しだけ……彼に付き従える者たちは幸せなのだろうなと、栖雲は羨みの感情を抱くのであった。

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