詰問



「どういうことだ、このクソ野郎。テメー、頭腐ってやがるのか? あぁ!?」


「無礼者! 総大将である聖川殿に向かって何たる口の利き方を――!?」


 怒髪冠を衝くといった様子で匡史に詰め寄る燈を制止すべく腰の刀に手を伸ばしながら制止の言葉を口にした匡史の側近たちは、途中で全身が動かなくなる程の重圧に身を竦ませる。

 激怒と、殺意と、それを必死に抑えようとする燈の凶悪なまでの威圧感を眼差しと共に間近で当てられた彼らは、紡ごうとしていた言葉が声にならなくなる程の緊張感に何も出来なくなってしまっていた。


「俺は今、過去最大級に機嫌が悪いからよ……死にたくなけりゃ、三下はすっこんでろ。用があんのは、このクソッタレだけなんだからよ」


 匡史に対する不躾な言葉を咎める者は、もうこの場にはいない。

 彼の世話役として派遣された巫女である栖雲でさえも、正当な怒りを爆発させる燈にかける言葉が見つからないといった様子で口を噤んでいる。

 しかして、彼からの激憤を一身に浴びているはずの匡史は、涼しい表情のまま、あっさりとこう燈へと言った。


「すまなかったね。実行犯である二人は厳しく処罰を与える。それで話は終わりだろう?」


「ふざけてんのか? 椿がどれだけ怖い思いをしたのか、てめえは理解出来てんのか!?」


「だが、すんでの所で強姦被害は免れた。被害らしい被害は出なかったんだ。それで良しとしようじゃないか」


「いい加減にしろよ、てめぇ!! 何がそれで良しとしようじゃないか、だ!? それはてめえが口にしていい言葉じゃねえだろうが!!」


 謝罪の言葉も口にせず、勝手に事件を手打ちにしようとする匡史へと燈の怒りが爆発する。

 右手を振り上げ、拳を彼の顔面に叩き込もうとした燈であったが、その腕を背後から掴まれ、はっとしながら振り向いた。


「……落ち着くんだ、燈。気持ちはわかるが、激情に身を任せても何も解決はしない。むしろ、僕たちが悪人にされるだけだ」


「蒼……!」


 燈と同様に激憤に身を駆られながらも、冷静であろうと努める蒼。

 感情を爆発させる燈の様子を目の当たりにしていたからこそ、自分がしっかりしなければならないと思っているのだろう。

 しかし、彼の瞳の中には燈の炎と同じく、冷酷な氷と化した怒りの感情がありありと浮かび上がっていた。


「聖川殿、あなたの軍の規律はどうなっているのですか? 戦の最中に味方の軍に所属する少女を襲い、姦通を目論む兵士がいるということは、到底信じられることではありませぬ。納得のいくご説明を」


「と、言われてもね……私の指導を無視して、好き勝手に動く者が二人いた。という以外に何を言えばいいのかな?」


「つまりは、ご自分の管理不足を認めるということでよろしいですね。では、被害に遭った椿こころと我々第三軍に対する謝罪を行い、今後こういった事態を起こさぬように徹底した対策を取るとのお言葉を頂きたい」


「……対策は約束しよう。だが、直接の謝罪は出来ない。僕にも総大将としての威厳がある。それを、兵士でもない小間使いの少女に頭を下げることで失うわけには――」


「将兵の暴走を防げない総大将の何処に威厳があるか!? 正直に言えばよろしかろう! 自分の非を認め、僕たちに頭を下げることが嫌だと! 自分はその程度の矮小な人間であると告白出来れば、まだ救いがあろうに!!」


 両手を机に叩き付けながら声を荒げた蒼の言葉に、匡史がほんの一瞬だけ不快そうな表情を浮かべた。

 しかし、今回の件に関しては自分に対する無礼な行動を咎める権利を持ち合わせていないと理解している彼は、その感情を押し殺すと共に指揮官としての立場を利用した言い訳を口にする。


「蒼くん、同じ指揮官としての役目に就いた君ならば多少はわかるだろう? ゆうに百を超える人間たちを纏め上げる難しさが。一軍だけでも兵の数は千を超えている。それら全てを管理するというのは大変なことなのだよ。その中のたった二人が僕の意に反した行動を取ったとして、新任の指揮官である僕の管理不足を指摘するのはおかしな話ではないかな?」


「何もおかしいことはありません。あなたはこの軍全体を預かる身、つまりは責任者です。一軍であろうとも、二軍、三軍であろうとも、兵が不祥事を起こせば全ての責任はあなたに覆い被さることは明白。しかも、今回はあなたが直接指揮を執る一軍の兵が起こした問題です。あなた以外の誰に、責任を問い詰めろと言うのですか?」


 ぴしゃりと、匡史の苦しい言い訳を斬って捨てた蒼は、返す刀で更に彼の不始末へと言及していく。


「それに、あなたは今、たった二人が自分の意に反したと仰いましたが……軍規を違反しているのは、二人だけではありませんよ」


「なに? どういう意味だ?」


「こういうことです……入って来い」


 怪訝な様子の匡史から視線を外した蒼が合図を出せば、幕舎の中に三軍の兵士たちが入ってきた。

 彼らは両脇に幕府軍の兵士と思われる男たちを抱えており、匡史の前に彼らを放り投げた三軍の兵士たちは、ふんっ、と鼻を鳴らして怒りを露わにする。


「……なんだ? これは、どういうことだ?」


「申し上げた通りの軍規違反者ですよ。彼らはここ周辺の村々に略奪を行っていた。力無き村民に酒、食料、女を要求し、従わなければ殺すと脅しては、彼らから様々な物を巻き上げていたんです」


 匡史への説明を終えた後、蒼が縄で拘束された男たちを睨み付ける。

 自分たちが犯した罪を全て見透かすような彼の眼差しに怯える男たちは無言で俯き、悪事が総大将に露見したことに恐怖して全身を震わせていた。


「彼らの所属は一軍と二軍、人数は計八名。略奪行為は初犯ではなく、これで四度目とのことです。これで、椿こころへの強姦未遂者を含めて、十名の兵士たちが軍規に違反していることになった」


「む、ぐ……」


「それに、彼らは僕たちが現行犯で身柄を拘束したからこそ悪事が発覚したのです。銀華城の周囲にある村は一つだけではない。もしかしたら、他にも略奪行為に手を染めている将兵がいるかもしれないということをお忘れなく」


「ぐっ……!!」


 固い規律を謳っておきながら、次々と軍規違反者を出す一軍と匡史の不始末を厳しく追及する蒼の言葉に、流石の匡史も表情を歪めて苦し気な声を漏らす。

 総大将としての責任をまるで果たせていない匡史へと軽蔑し切った眼差しを向けた蒼は、自分の大切な仲間を傷つけた彼へと吐き捨てるようにして抗議の言葉をぶつけた。


「これだけの失態を犯しておきながら、違反者の首を刎ねるというだけで事を済ませるつもりはありませんよね? あなたからの誠意ある対応がなければ、我々も相応の対応を取らせていただきます」


「なんだ? 反逆でもしようというのか?」


「そんな馬鹿な真似は致しません。……我々三軍に所属している兵士たちが、元は一介の武士であることをお忘れではないでしょう? このままいけば大和国有数の大都市である昇陽にて活動する、あるいは国中を転々と移動して活動を行っている武士たちが、こぞってあなたの失態を言いふらすでしょうね。銀華城の奪還戦で指揮を執った聖川匡史殿は、兵の略奪を止めることも出来ないうつけ者だ、と……そんな男が率いる軍などたかが知れたものだと、大和国中にあなたの悪評が広まるでしょうね」


 この場に居る全員が、ぴりりとした感覚を覚えると共に部屋の緊張感が高まったことが判った。

 いや、正確には匡史の緊張感が、だろう。

 銀華城の奪還戦で華々しい手柄を挙げ、王毅に代わる英雄の長として名を轟かせるはずが、それを上回る悪評が響いてしまっては何の意味もないのだ。


 そんなことになったら、最悪幕府から見放されることにもなりかねない。

 蒼の失態を促すために彼を指揮官にしたはずが、あべこべに自分の失態を彼に暴かれる状況になった匡史は、自分の判断が誤っていたことに気が付いて歯軋りするも、蒼には彼にそんな無駄な考え事をさせる余裕を与えるつもりはないようだ。


「どうしますか? 誠意ある対応を行って、少しでも三軍の兵士たちに対する心証を良くしますか? それとも、つまらない意地を張って何もかもを台無しにしますか? ……お好きな方をお選びください、聖川匡史殿。僕はあなたの指揮下にある男、あなたの決断を尊重致しますとも」


 丁寧な口調であるというのに、声を荒げる燈よりも威圧感がある。

 蒼の怒りをはっきりと表したその言葉を受け、遂に自分がどうしようもない状況にまで追い込まれていることに気が付いた匡史は、顔色を赤くしたり、青くしたりした後、屈辱に塗れた表情を浮かべ、蒼に対して俯きながら震える声で謝罪を行った。


「……僕の、指導力不足で、兵たちの暴走を招いたことを……深く、謝罪する。椿さんと三軍の兵たち、近隣の村の住民に、申し訳なかったと伝えてくれ。今後、このようなことが起きないように徹底して対策を練ることも約束しよう」


「……対策というのは、今一度軍規の徹底を兵に促すと共に、兵たちが略奪行為に走る要因を潰す……つまりは、全軍に兵糧をはじめとした物資が必要量行き渡っているかを確認するということでよろしいですね?」


「あ、ああ……その、通りだ……」


「結構。その言葉、お忘れなく。では、これで僕たちは失礼いたします。もう二度と、このような下らない話し合いをせずに済むと助かりますね」


 匡史に謝罪をさせながら、同時に自分たちへの嫌がらせである物資の出し渋りも解決するよう確約を取り付けた蒼は、仲間たちを引き連れて三軍の陣地へと戻っていく。

 最後に自分への痛烈な皮肉を残して去っていった彼の背が見えなくなった途端、匡史は蒼に与えられた屈辱を晴らすかのように冷たい声で軍規違反者へと吐き捨てるように処遇を告げた。


「……よくも、僕に恥を搔かせてくれたな。お前たちは全員処刑だ。他の者への見せしめのため、晒し首とする」


「ひ、聖川殿! どうかお許しを!! ほんの、ほんの出来心だったんです!!」


「黙れ! 軍規違反者は死罪であることは周知の事実であろう!! 目障りだ、こいつらを連れてとっとと刑を執行しろ!」


「そ、そんな! どうか、どうかお慈悲を! 聖川殿! 聖川殿ーーっ!!」


 側近に引っ立てられ、違反者たちが幕舎の外へと連れ出される。

 胡床に力なく腰を下ろし、項垂れるようにして頭を抱えた匡史は、全ての苛立ちを込めた怨嗟の呟きを虚空へと漏らした。


「どいつもこいつも、僕の足を引っ張る能無しばかりだ……!! 神賀王毅なんかじゃない。英雄の代表として相応しいのは僕だというのに、どうしてこんな馬鹿ばかりを宛がわれる……!?」


 憎しみと恨みを口にする匡史は、自分の思い通りに動かない将兵たちに対する不満を呟いているが……彼は、時機に知ることとなる。

 この略奪行為が全軍の行方を左右する程の大きな運命の分岐を作り上げ、それが原因で自分たちが破滅するということを。


 匡史が兵を纏め上げ、軍規を守らせていたならば、十分にこの後の悲劇を避ける余地があっただろう。

 それを自らの不始末と下らない思惑のために潰してしまった彼のことを、暗い未来がゆっくりと手招きをして待ち構えていた。

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