巫女がやって来た

「どうしてわかったんだ? あの村が、一軍の奴らに略奪されてるって」


 指揮官用の幕舎でやよいたちに匡史との話し合いを報告し終えた蒼へと、燈は少し前から抱えていた疑問をぶつけてみた。

 彼から出撃の際にそんな話を聞かされた時は何の疑問もなくその言葉を信じてしまったが、今考えるとどうして兵士たちの略奪行為を見抜けたのかが不思議で仕方がない。


 そんな純粋な燈の疑問に対して、執務用の机に置いてあった書類に何事かを書き記した蒼は、視線を彼へと向けるとその答えを口にした。


「鶏と、その世話をしていた人たちの様子から、かな。今晩、略奪を行っているかは判断がつかなかったけど、あれを見れば何らかの異変が起きていることはわかった」


「あん? もう少しわかりやすく話してくんねえか? 俺にはまだちんぷんかんぷんだ」


 簡潔が過ぎる蒼の答えに首を傾げ、更に詳しい解説を求める燈。

 苦笑を浮かべた蒼は、一度言葉を区切ると改めてこの数日で見聞きしたことから感じ取った違和感について彼に説明をする。


「初めてあの村を訪れた時、鶏小屋には溢れんばかりの鶏たちがいて、凄く騒がしかった。けど、ここ最近はその騒音がぐっと静まり返っていただろう? つまり、何らかの理由で鶏たちの数が減ったってことさ」


「食用なんだから、食べるために殺されたってことだろ?」


「それにしたって数の減り方が急過ぎだよ。鶏卵のこともあるんだし、村人が食用にするならばもっと計画的に締めるだろうさ。……それに、エサやりを担当していた人間のことを覚えているかい? 最初は若い男女二人組だったけど、最近は男性しか働いていなかっただろう?」


「あ……!?」


 言われて初めて、燈は鶏たちにエサを与えていた人間が元は二人組であったことを思い出した。

 まだ若く、精力的に働いていた男女の内、女性の姿が消えて男性の姿だけしか見ていないことにも気が付いた燈に向け、蒼がそこから導き出した答えを告げる。


「村の中をよく見ていれば、若い女性の姿が見えなくなっていたことに気付く。彼らは何らかの理由があって僕たちの前に娘さんたちを出したくなかった。なら、その理由とは何なのか? 考えた末に真っ先に思い付いたのが――」


「兵士たちに略奪の対象として目を付けられたくなかったから、ってことか」


「そういうこと。鶏の数が減っていたのは食料として差し出したから。女性の姿が見えなかったのは燈の言った通りの考えか、あるいは……」


 既に襲われ、慰み者として扱われたことで心に傷を負い、引き籠るようになってしまったから……と、いう悲劇的な結末を口にしようとした蒼は、この場につい先ほど兵士たちから欲望の対象として被害に遭ったこころがいることを思い返し、口を噤む。

 これ以上、彼女を怯えさせたり傷付けるような真似は止すべきだと考えた蒼は、暫し無言になった後で話を切り替えた。


「……問題は、先の略奪行為を総大将である聖川殿が容認していた可能性があるってことだ。彼が部下たちの凶行を知って、敢えて放置していた可能性も零じゃない」


「何だと!? まさか、そんな……! どうしてそんな馬鹿な真似を!?」


「……あくまで勝手な僕の予想だけど、このまま戦が何事もなく終わった後、彼は放置していた略奪行為をさも今気が付いたかのように自分の手で露わにするつもりだったんじゃないかな。ただし、犯人を一軍の兵士じゃなく、僕たち三軍の兵士に変えて、さ」


「一軍と二軍の兵たちは、十分に兵糧を与えられている。対して、私たち三軍は満足な量の食事を取れていなかった……荒くれ者の武士団出身という立場も合わされば、何も知らない人たちがどちらを犯人と考えるかは明白ね」


「あの野郎……!! どこまでもふざけた真似をしやがる! あいつがそうやって兵士を放置したせいで、危うく椿は……っ!!」


「まあ、怒る気持ちもわかるけどさ。今のは蒼くんの勝手な想像であって、確証があるわけじゃないってことを忘れずにね。必要以上に頭をかっかさせてると、いざって時に冷静な判断が出来ずに困ったことになっちゃうよ」


 ぎりりと歯を食い縛り、匡史への怒りを露わにする燈のことをやよいが窘める。

 自分たちの総大将がそこまで腐った人間ではないことを信じようということを暗に伝えた彼女のお陰で、この場の空気が僅かに落ち着きを見せ始めた時だった。


「失礼、致します……」


 幕舎の入り口から、か細い女性の声が聞こえてきた。

 その声に反応して視線を向けた一同の目に、巫女服を着た女性が深々と頭を下げる姿が映る。


「……巫女、栖雲。総大将である聖川匡史殿の命を受け、必要な兵糧と医療品を届けに参りました。この度は、本当に申し訳ないことを――」


「夜分遅くにご苦労なこったがな、お前に頭を下げられても意味ねえんだよ。詫びを入れるなら聖川の野郎が直接来なきゃ意味ねえだろうが、巫女さまよぉ」


「燈くん、そんな意地悪言うことないよ。……あの、栖雲さん、でしたよね? 私はもう大丈夫ですから、頭を上げてください」


「……寛大なご処置に感謝致します。それで、その……もしよければ、これをと思いまして……」


 頭を上げた栖雲は、躊躇いがちにこころへと何かを差し出した。

 細い金属の帯が連なったそれは一見するとTバック型の下着のように見えるが、それにしては物々しさが凄い代物だ。


「あの、これは……?」


「貞操帯です。巫女は姦通を避けるためにこれを着用しています。気休め程度かもしれませんが、お収めください」


 目を点にして受け取った貞操帯を凝視するこころをよそに、どこからか同じ物を取り出した栖雲は、栞桜たちにもそれを手渡していった。


「皆さまもよろしければどうぞ。大きさが合うかはわかりませんが、多少は調節が可能なので――」


「こういう気遣いはありがたいけどね。でも、被害を受けた時の対処を考えるより、そもそもの軍規違反を無くすように動く方が重要じゃない?」


「っ……!!」


 がちゃがちゃと音を立てて貞操帯を振りながらやよいが放った鋭い指摘に声を詰まらせる栖雲。

 ごもっともなその一言に何も言い返すことが出来ず、ただ申し訳なさそうに俯く彼女の様子を見た蒼は、落ち着き払った声でこう尋ねた。


「栖雲さん、あなたも聖川殿の指揮に何か思うところがあるのではないでしょうか? あなたは規律を重んじ、掟を順守する真面目な方だ。そんなあなたが、軍規違反者を処断してそれで終わりという対応を取ろうとした聖川殿の裁量に何も思わないはずがない。違いますか?」


「………」


 無言のまま、栖雲は何も答えない。

 それが彼女の答えであり、まだ自分の中で抱えているそれらを飲み込み切れていないということの表れであると判断した蒼は、一度呼吸を整えると、にこやかに彼女へと提案を口にする。


「折角です、三軍の陣地を見て回りませんか? きっと、兵たちもわざわざこんな夜遅くに物資を補給してくれたあなたに感謝していることでしょうし……是非とも、あなたの目で僕たちがどう見えるかを確かめていただきたい」

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