指揮官就任の挨拶


 軍の再編成には、およそ半日の時間が掛かった。

 総大将である匡史主導の下、大胆な軍事再編を行った大和国軍は、兵力の低下こそあったものの三軍体制を立て直すことには成功したようだ。


 最も甚大な被害を受けた二軍へと人員を送りつつ、主力部隊である一軍の戦力低下は最低限に留めた再編案によって、前線に出る二部隊の戦力は夜襲前とほぼ変わりない状態まで引き戻されている。

 だがしかし、それらを逆にいえば全てのしわ寄せは後方支援という名の雑用を担当する第三軍に押し付けられたということだ。


(わかってはいたが、実際に見てみると本当に酷いな)


 二軍の補充人員として送られた元指揮官に代わり、三軍の新たな軍団長へと昇格した蒼は、集められた武士たちの人数を数えながら思う。

 第一軍千七百。第二軍が五百。そして、第三軍が五百。合計人数二千七百というのが、三部隊の兵士の割り振りのはずだった。

 しかし、今、この場に集まっている武士たちの人数をどう数えても、それよりかは五十名ほどは数が足りていないように思える。


 それもそのはずだ。実際にこの場に集まった武士たちは、四百五十名ほどしかいないのだから。

 残る五十名の武士たちがどこにいるのかといえば、彼らは三軍陣地の隅に設営された負傷者用の幕舎の中で苦しみに悶えている真っ最中だ。


 確かに匡史は、三軍から他の部隊へと派遣される幕府直属の兵士たちの代わりとして、一軍、二軍から武士たちを派遣してはくれはした。

 しかし、その中には先日の夜襲で深手を負い、どう考えても戦力にはならない者たちも含まれていたのである。


 要するに、五百名という数に嘘はないが、それは戦力にならない人間を加えた場合の数。

 いや、もっと言うならば足手纏いと呼べる負傷兵を無理矢理に戦力として数えさせ、蒼たち第三軍に押し付けたということだ。


 もしも彼らの症状が悪化して死人が出た場合、その責任は間違いなく蒼に擦り付けられる。

 負傷兵の扱いが悪かっただとか、兵の様子を見ていなかっただとか、そんな理由はいくらでも後付け出来るのだ。


 むしろ、それを狙って負傷兵を押し付けたとしか考えられない匡史からの露骨な嫌がらせに溜息を吐きながら……それでも、前を向いた蒼は三軍の兵士たちの前に立ち、用意したお立ち台に上ると改めて彼らの顔を見回した。


 右から左まで、見える顔は全て自分より年上の男たちの顔ばかり。

 年下はおろか、自分と同年代の人間など燈たちを除けば一人として存在していない。


 他部隊から派遣された武士たちの中には、大なり小なり負傷している者の姿もある。

 いったい、この軍の中で十全に力を発揮して戦いに臨める者がどれだけいるのだろうか? という疑問を抱えながらも、蒼はその負の感情を前面には出さず、自分の心の中でぐっと押し留め、口を開いた。


「……この度、総大将である聖川匡史殿からの命を受け、三軍の指揮を執ることとなった蒼だ。改めて、よろしく頼む」


 指揮官という立場に立つ者としての威厳を見せつつ、決して高圧的にはならないように注意しながら挨拶を行う。

 まだ若く、戦場での経験が乏しい蒼が自分たちの指揮を執ることを良く思わない者は間違いなく存在している。

 そんな武士たちから舐められても、調子に乗っているとも思われてはならないという板挟みに遭いながら、そのギリギリを綱渡りするように言葉を紡ぐ蒼は、自分の判断を信じて勇気を奮い立たせた。


(総大将が付け入る隙を作らないようにするには、何より三軍全体の団結が必須だ。だから、そのために……使えるものは、全部使う!)


 このまま匡史の思うがままに全てが進むだなんてことは、お人好しである自分だって真っ平御免だ。

 何か一つでいい、匡史の鼻を明かすような仕返しをしてやるためにも、彼が考えているような失態を犯すわけにはいかない。

 そのためにはまず、三軍に属する兵士たちの意志を統一しなくてはならなかった。


 役立たずと判断され、手柄を立てる機会のない三軍に回された彼らは、士気も気概も最底辺に在る状態だろう。

 そのままでは蒼がどんな指示を出したとしても従ってくれず、軍規も守らずに脱走や略奪に走るかもしれない。


 それは、駄目だ。絶対にあってはならないことだ。

 自分のためにも、周辺の村々で生活する民のためにも、そして他ならぬ武士たちのためにも、その事態だけは避けなければならない。


 だからまず、彼らの士気を回復させる。そして、突き進むべき目標を提示し、団結を促す。

 明確な目的を作り、自分たちはそこに向かって共に邁進する仲間なのだという自覚を作り上げることで、集団としての繋がりを強くする。


 幸いにも、その目標として最上に近いものはすぐそこにあった。

 向こうがその気なら、こっちだってそれを利用してやるだけだと、そんな勝気な考えを胸にしながら笑った蒼は、先程までの硬い言葉遣いを崩した、乱暴な口調でこう言い放つ。


「本当に……クソッタレな連中だと思わないかい? この軍の上層部共は、さ……!」

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