見返してやれ、一軍を!


 唐突な蒼の暴言を耳にした三軍の兵士たちの間に、ざわめきが走った。

 総大将である匡史をはじめとした、この軍の責任者たちに対する明確な侮辱の言葉を発した蒼へと、彼らの視線が一身に集う。


 仮にこの言動が匡史の耳に入れば、それだけで処罰を受けかねない愚行。

 されど、現在の三軍には幕府の息がかかった兵士はおらず、それが故に蒼がここまで大胆な行動を取ることが出来ている。


 自分の話を遮るどころか、むしろ次の句を待っているような笑みを浮かべる武士たちの表情を見つめながら、蒼は辟易とした様子で彼らへと語り続けた。


「開戦前に大失態を犯し、多くの兵を無駄死にさせただけでは飽き足らず、今度はこうして軍の再編成と称した厄介者の排除を自分たちの都合よく行う。戦力の中核を成し、手柄を立てることを熱望されている一軍と二軍とは違い、上からお荷物扱いされた人間たちが集う場所……それがこの第三軍だ。上は僕たちに期待するどころか、先日の自分たちの失態を掻き消すほどの愚行を犯せとばかりに嫌がらせをしてくる。まったく、笑い話にもなりゃしない!」


 苛立ちを、怒りを、そして恨みを……言葉の節々に滲ませつつ、蒼は話を続ける。

 その言葉で武士たちの発奮を促すように、激情を煽るように、虐げられし仲間たちの代表として演説を行っていく彼の言葉に、誰もが耳を傾けていた。


「悔しいとは思わないか? 命を懸けた戦に臨むつもりが、蚊帳の外で自分たちのことをお荷物扱いした奴らが手柄を立てる姿を見ているだけだなんて。なら、どうする? 抜け駆けでもして自分たちも戦場に出るか? 不貞腐れた気分のままに戦場から逃げ出すか? ……そうじゃないだろう? それこそが上の奴らが望んでることだなんてことは、諸君らも理解しているはずだ」


 経験の浅い、若い武士である自分が気付けていることに、歴戦の勇士であるお前たちが気付かないわけがない。

 そんな、期待と試しの感情を込めて発せられた蒼の言葉に対して、三軍の武士たちは瞳の中に鋭い光を灯すことで返事をしてみせた。


「奴らは僕たちが失敗することを望んでいる! 僕たちが軍規を守らず、軍として不適格な行動を取れば、即座に奴らはそれを突きにくるだろう! そうして、戦いが終わった後に奴らは武勇伝の如く、町娘や遊女に向けて言うのさ。『此度の戦、三軍というお荷物を背負いながらも我々は鬼に勝利を収めた。奴らがいなければもっと楽に勝てただろう』、とな。もしかしたら、夜襲の際の失態も全て僕たちに押し付けるかもしれないね……冗談じゃない!!」


 自虐的に、嘲笑を浮かべていた蒼の表情が、真摯なものに変わる。

 そこに熱く燃える怒りの炎を滾らせながら、蒼は吼えるようにして三軍の仲間たちへと自分の想いを叫んだ。


「あの戦いの中で、真に力を尽くしたのは誰だ!? あの戦いの中で命を落とした者は、誰のせいでそうなった!? このまま真実を歪められ、全ての失態を僕たちに押し付け、あの戦いの中で死した同胞たちの魂すらも穢されるような真似を許せるのか!? ……僕は、嫌だね。お荷物の烙印を押されたことを許せても、一切の手柄を望めない部隊の指揮官として配属されたことすらも許したとしても、同じ意思を持ってこの戦いに参加した仲間たちの死を侮辱されることだけは、どうしたって容認出来るもんじゃない! そうだろう!?」


 そう叫びながら、『時雨』を引き抜く。

 青く煌く武神刀を堂々と仲間たちの前で天高く掲げながら……彼は、怒りと覇気を水面下で煮え滾らせた低い声で、唸るようにして言う。


「見返してやろうじゃないか、僕たちを見下している本隊の奴らを。奴らが僕たちに失態を望むのなら、一分の隙も無い完璧な仕事ぶりを見せてやろう。奴らが僕たちに不和と混沌を望むのなら、僕たちは奴らを超える団結と規律を以てそれを跳ね返してやろうじゃないか。奴らの思い通りにはさせないし、真実だって曲げさせはしない。どちらが真のお荷物かを、偉そうにふんぞり返って僕たちを見下している連中にわからせてやるんだ!!」


 魂の叫びが、渾身の言葉が、それを聞くものの心に火を灯らせる。

 心の底に眠っていた、自分たちを見下す者たちへの敵愾心を目覚めさせた三軍の兵士たちが爆発的な歓声を上げたのは、それからすぐのことだった。


「オオオオオオオオオオオオッッ!!」


 大地を揺るがし、天を震わせるような、大音量の歓声。

 それは出陣の際に匡史が演説を行った時の歓声よりも大きく、迸る熱を持った咆哮だった。


 千を超える人数が上げた歓声を、その半分程度の人数しかいない武士たちの声が上回っている。

 自分たちを見下している匡史たちに一泡吹かせる、そんな目標の下に一致団結した武士たちの様子に大きく頷いた蒼は、真摯な表情のままに彼らへと指示を飛ばした。


「これよりの任務は追って伝える! 各員が自分に割り当てられた役目を完璧にこなすことを、指揮官として願っているぞ! では、解散!」


「応っ!!」


 立ち台から降り、指揮官用の幕舎へと引っ込んでいく蒼の背を見送る武士たちの眼差しは、既に自分たちを指揮する頼りになる将への信頼に満ちたものになっていた。

 彼らに明確な指針を与え、同時に士気を上昇させることに成功した蒼が、大きく息を吐き出してから顔を上げると――


「上手くいったな! 俺の不良流言葉遣い講座で学んだ成果がばっちり出てたぜ!」


「あははははは……もう二度と使うことのなさそうな内容だったけどね……」


 慣れない演説を立派に終えた彼を迎える、仲間たちの姿が目に映った。


 演説中の堂々とした姿は何処へやら、完全に脱力してへろへろになっている蒼の背中を叩いた燈の言葉を皮切りに、仲間たちが次々と言葉を投げかけていく。


「ああいうわかりやすいのが、一番。正しい方向性で一軍を見返すっていう目標、悪くない」


「でも、良かったんでしょうか? 聖川先輩がさっきの演説を聞いたら、きっと物凄く怒ると思いますけど……」


「その時はその時だろう。まあ、蒼のことだから上手く言い逃れが出来る方法を考えているだろうし、何より三軍の士気が上がったんだ、総大将としても文句は言えまいさ!」


「ま、叱られる時は俺たちも一緒だ。あいつのお説教にゃ慣れてるからな。上手く聞き流せる方法を教えてやるよ」


「ふふっ……! 頼りになるよ、燈は。さてと――」


 ひとしきり笑った後、蒼は執務用の机に向かった。

 銀華城周辺の地図と、匡史から送られてきた三軍への命令が記されている書簡、そして知恵を絞って考えた三軍部隊の割り振り表を確認しながら、仲間たちの顔を見回して、蒼が言う。


「……威勢のいいことを言ったが、本番はここからだ。総大将殿の鼻を明かすためにも、軍全体の結束は必要不可欠……その上で、指示や伝達を潤滑に行う必要がある。けど、僕一人じゃあそれにも限界があるから――」


「あたしたちの力を借りたいんでしょう? わかってますって、軍団長殿! しっかりばっちり、補佐でもなんでもしてあげるからさ!」


 えへん、と胸を張って蒼の言葉を継いだやよいが全面的なバックアップを約束する。

 燈たちも彼女の言葉に同意するように頷いた後、大変な責任を背負った蒼へと信頼を込めた眼差しを向けてくれた。


「……ありがとう、本当に感謝してる。迷惑をかけるだろうけど、僕も全力を尽くす所存だ。一緒に、頑張っていこう」


 自分を信じ、ついて来てくれる仲間たちへ感謝を。

 そして、これから共に困難な戦いに臨むことへの意気込みを述べて、顔を上げた蒼が言った。


「さあ、始めようか。上から押し付けられた、大事な大事な雑用を、さ」

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